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第二話
高校教員が教室から出て行くと、どうやら最初の授業まで少しの休憩時間があるらしかった。私と小林陽菜の席の前には女子生徒数人が集まってきて、軽い人だかりができている。
「十文字さんって、変わった名前だよねー」「部活何入るか決めた? ハンド部どう?」「ってか可愛くない?」
続々と投げかけられる質問は私への興味への証だ。私は注目を浴びる快感を味わいつつ、質問に答えていた。しかし隣では小林陽菜も同じ状況にあり、それが少し気にくわない。
「リオンちゃんって呼んでいい? リオンちゃん、どこに住んでるの?」
女生徒の一人が問う。
「うん? ええと、私はエ、」
エブリスター星。そう答えそうになった私は寸前で口を閉じた。危ない危ない。目立ちたいけど、私が宇宙人であることがバレてはいけないのだ。
「ち、近くのマンションだ」
シミュレーション通りの返答に言い直すと、「そうなんだ」と女子生徒は納得してくれた。しまった。普通すぎたか。王宮に住んでるとでも言えば、すごいと思われたかもしれないのに。
「陽菜ちゃん、髪さらさらー。顔もちっちゃくて羨ましいぃ」
私の隣で、小林陽菜はその容姿を褒められていた。私だって、日本のファッション誌なるものを読み漁り可愛いと思われる顔立ちに作り上げたのだが、小林陽菜の容姿はたしかに私よりも可愛らしいものだった。小顔に艶めく黒髪が映え、ぱちくりとした目は小動物を思わせる。むきー! ますます気にくわない。
授業の始まる五分前。クラスの女子生徒たちの質問タイムは終わりを告げ、彼女らは自分の席へと戻って行った。楽しい時間だった。やはり注目されるのは良い。
「ねぇ、リオンさん。リオンさんって、なんか変わってるね。まるで……宇宙人みたい」
小林陽菜が私の顔をまじまじと眺めてそう言った。私はぎくりとして、背筋をピンと伸ばす。まさか私の正体がバレてしまったのか? いやいやそんなわけないだろう。
「怪しいなぁ。なんか変だなぁ」
疑いの視線が私に注がれ続ける。私は目をあちらこちらに泳がせながら「ヘンじゃない。ヘンじゃないよ」と首を横に振った。
「じゃあさ、何個か問題を出して良い?」
「も、問題?」
「うん、怪しさチェックするよ」
ひぃぃ。なんなのだ、こいつは! 私の注目度を奪っておきながら、さらに私の正体を見破ろうと言うのか! なんという害悪だ!
しかし、ここで問題を拒めば、こいつの私への疑いはますます強まるに違いない。それはダメだ。ようし、ならば完璧に答えて、正体を隠し通すしかあるまい!
「第1問」
デデン! と小林陽菜は自らの口で効果音を演出する。私は気が気でない。緊張で喉が乾いてきた。
「この星の名前は?」
「地球! 美しい蒼い星で、人気ランキングでいつも上位の星だ!」
私は即答した。完璧だ! これ以上ない回答だと自負できる。しかしながら、何て簡単な問題なんだ。地球に関する問題集を何周もやりこんだ私にこんな簡単な問いかけをするとは、こいつはバカだ。
疑(うたぐ)り深い小林陽菜も、さすがに今の回答には舌を巻いたようだった。元々丸い目をますます丸くして私を見ている。
「どうだ? 何も怪しいところのない完璧な回答だろう?」
得意げな顔で腕組みする私。小林陽菜はくすくす笑って、「完璧だぁ」と私を称えていた。
「じゃあ第2問。地球の宇宙空間における登録番号はいくつ?」
「ふん、2525番だ。正解だろう?」
これも簡単! 常識だ! 地球に住んでいてこれを答えられない奴なんているもんか!
「正解! すごいや。じゃあ、第3問。千葉県浦安市は舞浜にある、日本有数のテーマパーク。通称『夢の国』で親しまれているその施設の名前は?」
しかし次の問題文を聞いた途端、私の頭の回転がストップした。くっ。なんだなんだ!? いきなり問題の難易度が上がったぞ! 日本の観光業はあまり勉強していないのに!
「……わ、わからん。難しすぎる」
観念して肩をがっくりと落とすと、小林陽菜はそんな私を小馬鹿にするように笑った。
「はっは。これが答えられないんじゃダメだね。少なくとも千葉県民じゃないな」
終わった。そもそも千葉県民ってなんだ。この日本という国には東京しかないんじゃないのか。完全に勉強不足だ。
「ち、違うのだ! 今のはうっかりミスだ!」
私は必死になって抗った。このままでは本当に、私が宇宙人だとバレてしまう。私のトップシークレットが。
「ふーん。ってか勉強の仕方悪いんじゃない? こんなの常識だよー?」
「べ、勉強の仕方?」
「うん。何の問題集使ってたのさ」
「え……えっと、『3日で分かる! 地球の基礎知識』っていうやつなのだが……」
「あぁー、それ結構天候とか地理とかに知識が偏ってるからなぁ。私が使ってるやつ、今度貸してあげるよ!」
「ほ、ほんとうか!?」
本場の地球人が使っている問題集を貸してもらえば、間違いなく実用的な知識が得られるはずだ。「ぜひ貸してくれ!」私は飛び上がって欲しがった。
「うん! 今度持ってくるね」
にこりと笑う小林陽菜。こいつ。もしかしたら良い奴なのかもしれない。
「な、なんでそこまで優しくしてくれるのだ」
私は不審がって小林陽菜に問うた。何か狙いがあるに違いない。そう思って、今度は私が疑いの目をする。
「なんでって……あはは、友達だからじゃん!」
私の疑いの目を受けて、けれど小林陽菜はにっこり笑った。そうして私は確信する。こいつは良い奴だと。
ふと、小林陽菜は人差し指をこちらに向けて、ゆっくりとその指を近づけてくる。一体、何をしようと言うのか。私は大いに戸惑ってあたふたした。すると小林陽菜は言う。
「地球人はね、こうやって人差し指同士をくっつけて挨拶するんだよー」
「な、なに!? そうなのか! いや、当然知っているぞ!」
私が知っているのは「握手」というコミュニケーション方法だが、それに近いのだろう。地球人のこいつが言っているのだから間違いない。私は喜んで人差し指を突き出し、小林陽菜の突き出した指に向かって動かす。ゆっくりと、2本の人差し指は接近して……その先と先がくっついた。
「うわっ、めっちゃ地球人らしいじゃん!」
小林陽菜がにやにや笑っているので、私は「そうだろう、そうだろう」と満足げに笑ってみせた。なんとか、正体がバレずに済んだ。そんな安心感。初めての友達ができた。そんな嬉しさ。2つが混じり合って私は笑っていた。
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