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10.信じられない
クリーパーは大忙しだ。
地獄では亡者達をいたぶり、むさぼり食い……エカノダに呼ばれれば大急ぎで駆け付け、無能のベルトリウスが死ねば遺体を回収しに地上まで出向き……。
「この役立たず!! 何でもう死んでるの!!」
「大丈夫です大丈夫です上手いこといってますから!! 急いでるんで失礼します!! クリィーーパァァーーーー!!!!」
「またすぐに帰ってきたら承知しないわよ!!」
復活したベルトリウスを口に入れると、クリーパーは頭上から降る女王の声が遠ざかるのを感じながら無心に地上を目指した。
◇◇◇
一方、森から戻ったマギソンは傭兵仲間に囲まれていた。
団員の誰もが睨みを利かせてくる中、自分より何個か年上の団長が顔をしかめながら口を開いた。
「何があった」
団長の問いに、マギソンは深淵のように黒々とした目を向けた。
彼らが不審がるのは当然だ。森で大きな音がしたかと思うと同じ方向からマギソンが歩いてきたのだ。普通は何かあったと考えるはずだろう。
だが、マギソンは眉一つ動かさず呟くように答えた。
「別に何も」
「何も? じゃあ、あの音は何だったんだ? 木が倒れるような大きな音がしたが」
「さぁ」
あまりに簡潔に述べる不遜とも取れる態度に、団員達は揃って口を尖らせた。離れた場所にいる自分達でさえ聞こえたのだから、森にいて気付かないはずがない。
普段から態度の悪いマギソンを良く思っていなかった団員達は、ここぞとばかりに食って掛かった。
「ところでよぉ、みんなで村を調べてたのに何でお前だけ森に行ってたんだ? おい? 団長が森を見てこいって命令したか? 勝手な行動してんじゃねーぞ!!」
「……」
「チッ! 何か言えよマギソン!」
「無視ばっかしやがって。協調性がねぇんだよ、オメーはよ」
「簡単な仕事もこなせねぇ奴が報酬もらえると思うなよ」
「こら、止めろお前達!」
詰め寄る団員達を引き剥がして仲裁に入った団長だったが、その実、内心では部下と同じことを思っていた。
マギソンがこのホロブル傭兵団に入団したのは一ヶ月前のことであった。
ある日ふらりと現れた彼は、お互いの名も知らないうちから入団させてくれと唐突に申し込んできた。団員は死神を背負っているような暗い雰囲気のマギソンに初めからいい顔をしていなかったが、団長は彼の剣の腕を買って入団を許可した。
仕事については……二度目の出動までは真面目にやっていた。だが三度目以降からは手を抜き始め、決められた休憩時間以外にも勝手に休む姿が目に付くようになった。
とある貴族を護衛した時なんかは、今まさに目の前で護衛対象が魔物に食われそうだというのに、彼は剣も構えず黙って見ていたのだ。足がすくんだからとか動揺したからとか、そういった感じではなかった。あれは確かに、襲われていた貴族が苦しい様を眺めていた。
結局駆け付けた自分が何とか場を収めたが、その一件が決め手となり、以降はマギソンを持て余すようになった。今こうして手放さないでいるのは問題点を補って余りあるほどに彼に実力があるから。怠けはするが、全く仕事をしないというわけではないのだ。
しかし、団長が変に惜しんでマギソンを庇えば庇うほど、団員達は余計にマギソンをやっかんだ。
「……そういえばコラスがお前の後を追って森へ入ったが、会わなかったか? まだ戻ってないんだ」
「会ったが、俺より先に帰った」
「ふむ、そうか……おかしいな」
コラスとは、森でマギソンを叱っていた傭兵だ。
マギソンは額に血管を浮かべた彼の立腹姿を思い出した。自分と話をした後は確かに先に村へと戻ったはずだが……そう考えていると、脳裏にはコラスと入れ替わるように腐臭を纏ったあの包帯男の薄ら寒い笑みと声が思い浮かんだ。
同時に、とてつもなく嫌な予感も。
マギソンのそっけない態度に苛立ったのか、静まる村の中心で誰かがこう言った。
「お前森ん中で揉めて、コラスのことやっちまったんじゃねぇのか?」
軽い冗談のつもりだったのだろうが、その発言は思ったよりも場を凍らせた。
”もしかして”、という空気が流れる。誰とも交流を持とうとしなかったマギソンを擁護する者など、この場にはいなかった。
本人は涼しい顔をしているが、団長を含め全員がマギソンの顔を凝視していた。そこにコラスと親交の深かった団員が声を上げる。
「こいつの言ってることが嘘か本当かなんて森に行けば分かる! 団長! なんにせよ早く探しに行かねぇと!」
「そう、だな……よし、固まって行動するぞ! 村はまた後で調べに戻る! 今はコラスを探しに森へ突入だ! マギソン、コラスと別れた所まで案内してくれ!」
「……」
たくさんの視線が突き刺さる中、マギソンは無言で身を翻し、今しがた通ってきた道を戻った。
馬鹿正直にコラスと別れた場所を案内すると包帯男の死体と戦闘跡を見られることになるので、また追及されるのが面倒だったマギソンはわざと知らない道を選んで進んだ。
秋晴れの陽の光が通らぬ鬱蒼とした場所を見つけると、マギソンは立ち止まって”ここだ”、と一言告げた。
「本当にここか?」
「嘘ついたら許さねぇからな!」
「……ここで間違いない」
皆あまり信用していないようだったが、それでも唯一の頼りであったマギソンの言葉を信じて周辺の捜索を始めた。しかし、いくら探してもコラスは見つからなかった。
一行は徐々に捜索距離を広め、森の奥へ奥へと足を踏み入れていった。すると、一人の傭兵が大木の根本に突き立てられたコラスの剣を発見した。
「お、おいっ、マジで襲われたっぽくねーか!?」
「マギソンッ、やっぱオメーが―― !!」
「馬鹿っ、やめないか!! まだコラスが死んだと確定したわけじゃないだろう!! 手分けして探し出すんだ!!」
激昂し、たまらず殴り掛かろうと踏み込んだ団員を団長は羽交い締めにして止めた。息の荒い部下に声を張り上げて注意している間も、マギソンは一切表情を変えずに静かにコラスの剣を眺めていた。
腕を振りほどけないまま後退させられると、解放された団員は周囲の傭兵と並んでマギソンと団長の二人を睨み付けた。彼らの敵意は芯のない中立さを振りかざす団長にも向けられ始めた。
この状況でコラスが無事な姿を見せてくれれば場はいくらか収まったのだが、残念なことに剣が落ちていた場所からそう遠くない所で血塗れのコラスは発見された。
「うわぁあああああッ!!?? コラスッ、コラスーーーーッ!!!!」
想定はしていたものの、突然すぎる友の死に、仲の良かった団員はまだ体温の残る遺体を抱いて泣き崩れた。
「やっぱりオメーが殺したんじゃねぇかよ!!」
「どうせいつもみたいに注意されただけだろうにっ……信じらんねぇ!!」
「マギソンっ……これは一体どういう事だ……!?」
周囲はマギソンが殺害したものと断定して話を進めていた。日頃の行いはこういう時に祟るものだ。戸惑いがちに尋ねる団長以外の全員が、すでに剣に手を伸ばしていた。
だが、こんな窮地に立たされた状態でもマギソンの鉄仮面が崩れることはなかった。
「俺じゃない」
「じゃあ誰だ!? 森にはお前とコラスだけだったんだぞ!!」
「これだけ大きな森なら熊の一頭や二頭いるだろう。魔物や殺人鬼だってな」
「殺人鬼はオメーだろ!! 団長っ、こんな奴仲間じゃねぇ!! コラスの仇だ!! ここで殺っちまおう!!」
「いや、それは……」
団長は躊躇の声を漏らしながらマギソンの顔色を窺った。入団前に腕試しと称してマギソンと剣技の対決をした際、彼に軽くあしらわれるように敗北していたからだ。あの時は一対一の勝負だったが、団の中で一番の実力を持つ己が手も足も出なかったくらいだ……束で挑んだところで勝てやしないことを団長は悟っていた。
とはいえ、影で行われた決闘の結果を知りもしない団員達は、ただただ長の煮え切らない態度に苛立ちを募らせた。
「なに尻込みしてんだよ情けねぇ!! 全員っ、囲め囲めっ!!」
一人が音頭を取って剣を構えると、残りの団員も釣られるように鞘から剣を引き抜いて構えた。こうなっては止められないと、団長も渋々柄を握る。
じりじりと詰め寄ってくる団員……はたから見れば圧倒的に不利なのはマギソンの方であったが、当の本人は依然取り乱すことなく、冷めた目で向かい合った男達を見つめていた。
「ハッ! 抵抗しねぇのか?」
団員の挑発にマギソンが応じることはない。それどころか、腰に下げた剣に手を掛けもしない。助かるのを諦めているのか、単に舐めているだけなのか……。
一瞬の静寂の後、マギソンの最寄りで構えていた傭兵が雄叫びを上げながら踏み出したのを皮切りに、後方の団員達も後に続いて一斉に駆け出した。
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