37人が本棚に入れています
本棚に追加
渇望。
「なんで俺の "お母さん" とやらは、呼んでも来ないんだよ」
スサノオはふてくされて、仰向けに寝て空を見上げていた。
自分は『三貴子』の一柱なのに。あんな小鳥や小鹿でさえ、"お母さん" とやらが迎えに来るのに。
「なんで俺の "お母さん" とやらは、呼んでも来ないんだよ」
ぶすっとした表情で空を見上げているスサノオの元に、あの時の小鳥がやってきた。
「おい。俺も "お母さん" って呼んでみたけど、何も来なかったぞ」
「スサノオノミコトにはお母さんがいないのかな? それとも……」
「それとも?」
スサノオはすぐに立ち上がり、身体についた草を払うこともせずに小鳥の小さな顔を覗き込み、訊き続けた。
「ご兄弟がいらっしゃったでしょう? その順番でお母様が教えに行っていらっしゃっているのかも!」
「……兄弟……」
スサノオは考えた。アマテラスが最初。次がツクヨミ。そして最後が自分。
「そうかもしれない……」
スサノオは空の太陽を思った。アマテラスの統治する時間の太陽は、いつだって出ている時はまん丸で、輝きを放っている。
「それって、完成してるって事なのかも」
スサノオは光り輝く太陽の姿を思い出して、そう言った。
さすがは最初に生まれたアマテラスだ。"お母さん" が教えたから、あんなにいつでも丸く光り輝く存在になれているのか! スサノオはそう思った。
「そう考えると、ツクヨミはまだ完成していないな……」
月は満ちては欠けるを繰り返していた。そして細くなった月は、何も存在しない闇夜も創り出す。
闇夜となる新月を、スサノオは未完成だと感じていた。
その夜も明るく美しく照らしてはいるが、太陽のようではない月を見上げていた。
「お母さんはツクヨミを教えている最中なのか。ツクヨミがアマテラスのように完璧になったら、きっと次こそ俺の番」
スサノオはそう思うたびに嬉しくなった。
そうだよ。だからだよ。生まれた順に "お母さん" は教えているんだ!
「俺も早く "お母さん" に教えて欲しいな……」
スサノオは溢れる強い光を放つ、己の姿に憧れた。
だがツクヨミの統治する夜の月は、不安定だった。満ちるがまた少しずつ少しずつ欠けていく。そして糸のように細くなって、また真っ暗な夜を呼ぶ。
「……何やってんだよ」
スサノオは月の姿を消失した黒い夜空を見上げながら、少しイライラしていた。だがそのゼロの月を超えると、また徐々に月は膨らみ出した。
満月。丸い月。完全な月。
「よし……っ。いいぞツクヨミ! 今度こそそのままで!」
真ん丸な月が浮かぶ夜空に向かって、スサノオは無邪気に何度も飛び上がった。
スサノオは満月のたびに期待し、今度こそは今度こそはとときめいた。
だが月は残酷だった。
いつまで経ってもいつまで待っても、太陽のように完全な姿を継続できなかった。
「ああ……また欠けてきた……」
それでもスサノオは待っていた。ツクヨミだって頑張っているはずだ。だからなくなってもまた満ちることを月は繰り返している。
スサノオはただただ信じて、己の元に "お母さん" が来る日を待っていた。
最初のコメントを投稿しよう!