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枯渇。
「なんだと?」
イザナギは輝く三貴子をこの世に迎えた後、役目を終えたとして奥にその姿を隠していた。 ある日そこに息も絶え絶えなウサギがやってきた。
川の水がなくなり、森も枯れ、生きていけない。ウサギはそうイザナギに訴えた。イザナギの住む場所に湧く水も、確かに量が減っていた。
「……スサノオは何をしているんだ?」
イザナギは不審に思い、ウサギに水を与えてから外に出た。
そして呆然とした。天の下に広がる世界は、骨と皮だけの荒れ果てた大地になっていた。ウサギの住むこの世界は、スサノオに任せたはず。
「……スサノオは……一体何をしているんだ!」
信じられないほど枯れ広がった世界の中を、イザナギはスサノオを探しに向かった。
しばらくすると、遠くから何か叫び声が聞こえてきた。
「スサノオ……なのか……?」
イザナギは急いでその声の方向に向かって走った。枯れている森は何も隠さない。だからその姿はすぐに見えた。
「あれは……」
イザナギは信じられないという面持ちで立ち止まった。
そこに見たのは、髪も髭もぼうぼうに伸びた大の男が泣き叫んでいるという光景だった。
「……あれがスサノオなのか」
イザナギは目を疑った。あの日、光を伴い三貴子の一柱として誕生したスサノオは、神とは思えぬ薄汚い状態に成り果てていた。
「何をしている! スサノオッ!」
イザナギは情けない気持ちでいっぱいになり、変わり果てた姿に成長したスサノオに大声で叱りつけた。
スサノオは声のする方を見た。
「お前は何をやってるんだ! 海も川も森も枯れているではないか!」
「何を……何をするって言うんだよ……俺だけなんで何も教えてくれないんだよ……ッ!」
スサノオは小さな子供のようにおいおいと泣き叫んだ。
「ずるいだろうよ! いつまで待っても "お母さん" なんて来やしない……っ! 何で俺にだけ、何も教えてくれないんだよ!」
イザナミは動転した。
「……お母さんだと……?」
自分以外の声で "お母さん" という言葉を聞いたスサノオは、またどうしようもない怒りが自分の中で爆発した。
「俺だって "お母さん" に会いたいんだよ!」
「……な……にを言ってるんだ……お前……」
イザナギは言葉を失った。そして黄泉の国で最後に見てしまった、愛しいイザナミの変わり果てた姿を思い出した。
「い………」
イザナギは震えた。
「いい加減にしろッッ!!」
突然の怒号にスサノオは驚いた。
「アマテラスもツクヨミも言われた通りにしているというのに! お前は何を訳のわからない事を考えて、こんな世界に……っ」
「訳のわからないって何だよ……。ツクヨミはいつになったらアマテラスみたいになるんだよ! "お母さん" がいつまで経ってもここに来れないじゃないか!」
「お前は馬鹿か! "お母さん" なんていつまで待ってもくるか!」
スサノオは泣き叫んで訴えた。
「嘘だ! "お母さん" が俺に輝き方を教えてくれるんだ!」
「嘘じゃない。正気になれ! よく周りを見てみろ! 輝きどころかこの有様は何事だ!」
スサノオは目を開けて、肩で息をしながら世界を見回した。そこには己が泣き続けたが為に水という水を失った、枯れ錆びた世界が広がっていた。
「……それでも……俺は "お母さん"に会いたい……ッ!」
イザナギは胸が痛んだ。あの黄泉の国のイザナミの姿をどうしてスサノオに見せる事ができようか。どうしていいか、どう伝えればいいのか自分でも答えを完全に失っていた。
「おがあさーーーんッッ!!!」
嵐のようなスサノオの声にイザナギは反射的に叫んだ。
「うるさいッ! お前の会いたいお母さんなんぞもうどこにもいない! 嘘だと思うなら勝手にどこにでも探しに行け!」
イザナギはそう叫ぶと、踵をきって元来た方向に帰っていった。
そうだ。会わせてやりたかった。あの美しく優しいイザナミに……私だって!
でももういない。
「……私だって会いたい。でももう会えないんだ」
何もしてやれない自分に憤りを感じると同時に、可哀想なスサノオに心の底でひたすら詫びた。
「……どこにもいない……?」
またスサノオしかいなくなった。
揺らす葉もないので、聞こえるのは風の音だけ。
「……どこにも……本当に……?」
スサノオは呟きながら少し冷静になっていた。そして、思った。
もうここにいなくてもいいって事か……
少し呆然としつつも、どこかこれまで感じた事のない開放感があった。泣いた頬に風があたり、ひんやりとした。見上げると憧れのアマテラスのいる青い空が目に入った。
「……アマテラスの所に行ったら……"お母さん" の事を教えてもらえるかも……」
スサノオの胸の中に、小さな光が差した気がした。そしてそう思うと、いてもたってもいられなくなった。
「アマテラスの所に行ったら……」
スサノオのテンションは上がった。その熱がスサノオの身体から発せられ四方八方に広がった時、あまりの熱さに天上にある高天原の空気が揺れた。
ドオオン……ッ
「何事だ?!」
今度は高天原に棲む神々が驚いた。
ドオオン……ッ
神々はその徐々に近づく、熱をはらんだ大きな振動の生まれる方向を覗き見た。
「何か熱いものがこちらにやってくる……」
「天照大御神様に知らせなければ……っ」
初めての状況に恐れおののいた神々は、この高天原の統治者であるアマテラスに緊急事態を知らせに走った。
スサノオは胸踊っていた。その熱を抑える事など、到底無理だった。
アマテラスのいる大きな青い空に向かっていると、突然眩しい閃光が目の前に放たれ、思わず目を閉じた。
「………なんだ!」
片目を薄く開けると、そこに立つ者が目に入った。
「……アマテラス………」
目の前の光り放つアマテラスの眩しさを薄目で捉えた時、スサノオはときめいた。
俺だって "お母さん" に教えてもらったら、こんな姿になれるんだ……と。
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