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アマテラスとの再会。
「アマテラス!」
スサノオは思わず叫んだ。
「……お前は……スサノオなのか?」
「そうだよ! アマテラス!」
「動くな!」
アマテラスは駆け寄ってくる勢いのスサノオに言い放った。
「……なんで……だよ。アマテラス……」
突然の事に、スサノオが今度は躊躇した。
「お前こそなんだその姿は! 突然のお前の出現に、高天原の皆が動揺している。ここに来た理由を説明せよ」
「はあ?……理由なんて……」
スサノオはハッとなった。イサナギに追放された事を正直に伝えても、いい印象は無いのではなかろうか。
「理由は……」
"お母さん" の事を聞きたくてというのも、なぜか恥ずかしい事のような気がして言い出せない。イザナギに怒鳴られ呆れられたさっきの事を思い出し、スサノオは黙ってしまった。
「なぜ答えられない。悪しき想いがあるのか?」
「ない! そんなものは微塵も無い! そこは信じてくれ!」
今度はアマテラスが黙った。
せっかくここまで来たのに、ここで返されては"お母さん” の話も聞けない。スサノオは考え、すかさずこう言った。
「じゃあ誓約はどうだ? 誓約で俺が嘘をついているかどうかを証明させてくれよ!」
誓約とは、五分五分の確率で賭けを行い、その結果から勝敗を決める古来からある占いの事だった。コインの裏表で占うような、そういうものでの判断をスサノオはアマテラスに提案した。
「よかろう。ではお前の持つ剣をこちらに」
スサノオは言われた通りに、素直に剣を投げ渡した。
「……私に剣を投げてよこしたのはお前が初めてだ」
アマテラスはパシッと胸の前で受け取ると、剣を抜き、己の口を清めてから剣を噛み砕きつつ口にしたかと思うと、フーッと口先をつぼめて息を吹いた。そこに現れたのが、なんとも可愛らしい三柱の姫神だった。
「……おー……スゲエ。そんな風にするのか。じゃあアマテラスはその勾玉を俺にくれ」
アマテラスは言われた通りに、己につけていた勾玉を外し、スサノオに投げよこした。同様に清めた口で勾玉を砕き、フーッと息を吹き出すと、今度は五柱の凛々しい皇子神たちが現れた。
「よっしゃ! 俺の正義が証明された!!」
「"俺の正義" ?」
自信満々に胸を張ったスサノオの言葉に、アマテラスはきょとんとした。
「俺の心根が清らかだから、俺の剣から愛らしい姫たちが生まれたんだろ?」
「清らかだと?」
「だから俺の勝ちだ。信じてくれ」
「……そうだな」
アマテラスは困ったような表情をしつつ、冠を外して笑った。そもそも、身を守る武器である剣を臆することなく渡してよこした時から、アマテラスはスサノオを信じていた。
「久しぶりだな。スサノオ。にしてもひどい風貌だ」
スサノオは輝くばかりのアマテラスを前にして、確かに自分の髭ぼうぼうの姿を恥ずかしく思い、舌を出した。
「……なあ、アマテラス……」
「なんだ?」
スサノオは聴きたい事を我慢できなかった。緊張感が解けると同時に切り出した。
「あのさ……"お母さん"って、どんななんだ?」
「"お母さん"……?」
アマテラスはスサノオの目を見ながら、かすかに首をかしげた。
「そう。"お母さん"!」
「……悪いが、"お母さん" という者には会ったことがない」
アマテラスは表情を変える事なく、即答した。スサノオの表情が固まった。
「……え。嘘だろ……? か、隠さないで教えてくれよ!」
「隠すも何も……それは隠すような事なのか?」
美しいアマテラスの瞳を見れば、その言葉に嘘がないのは瞭然だった。スサノオは胸が痛くなるくらい、己の心臓が早く打つのを感じていた。
「じゃ、じゃあさ、その……アマテラスは誰に教わったんだ??」
涼しい顔のアマテラスとは逆に、スサノオは動揺による静かな震えを隠しつつ、質問を続けた。
「……教わったとは、何の話だ? 弓か?」
「違う……ッ。その……えと……その輝き……」
「輝き?」
「そうだ。それ。お母さんが教えに来たんじゃないのか? 昔すぎて忘れたんじゃないのか?」
「輝き方なんぞ、誰にも教わっていない」
涼しい顔をして微笑むアマテラスの言葉が、スサノオの奥の奥をギュッと締め付けた。
「天照大御神様、急ぎで確認して頂きたい件がございまして……」
年老いた神が、訝しげに様子を伺いつつ静かに近寄り、アマテラスに遠慮がちに声をかけた。
「すぐに行く。スサノオ、せっかくだからゆっくりして行くといい」
聞こえているのかいないのか。スサノオは黙って視線を下に落としていた。
「それに、輝きと言うなら、お前だって美しい輝きを放っているじゃないか。それは誰かに教わったのか?」
アマテラスは笑顔でそう言い、また金色の冠を付けると、立っているスサノオを後にした。
立っている……というか、スサノオは立ちすくんでいた。
「……なんだよ。それ」
スサノオは目を見開き、硬直していた。硬くなった身体の中で、沸々と何かが煮えたぎるような……大声で叫べたらどんなに楽かと言うような……
真っ青な空と颯爽と吹き抜ける風の中に佇みながら、己だけは暗くて重いどん底に堕ちていくような中にいた。
少年の頃から描き続けた憧れは、喪失した。
「………つまんね」
スサノオは小声でそう呟いた。
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