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記憶の喪失。
「さっむ……」
早朝に身震いして目が覚めた。濡れた衣服のまま夜風を受け眠り続けたせいで、身体が冷えていた。
スサノオは衣服を脱いで、枝にかけて乾かす事にした。徐々に空が明るくなり、東の空からきらきらと光が野山を照らし出した。
「雨じゃなくて良かった。すぐに乾きそうだ……」
暗闇で入った川も、朝日の中で見ると清流で、スサノオはその美しさに感謝した。当然そのサラサラと流れる水は、スサノオの流した血もどこか遠くに運び消してくれていた。
痛かった爪先には、もう新しい爪も生えていて、そんな罰で済まされた事がスサノオの心を逆に静かに締め付けた。
「俺はこれから、どうすればいいんだろう」
太陽の角度が上がるにつれて、ぽかぽかと届く光は冷えきったスサノオの全てを暖めだした。
「アマテラスはどこまでも優しいな……」
“お母さん”の話は結局聞けなかったし、アマテラスの話からもう会えそうにない事も知った。
「でもアマテラスには……会えた」
森で生きながらも、三貴子として生まれたスサノオには、その土地の者たちの甲斐甲斐しい世話もあった。
それでもやはり、血縁のある者との出会いは特別だった。
「アマテラスには会えた……また話せる日が来ればいいのに」
そう思いながらも、アマテラスの心を岩の向こうに追いやった己の狼藉を思うと、記憶がないだけに気持ちは落ちた。
ひだまりでうとうとしつつ、川の流れを見ていると、上流から何かが流れてきた。
「……枝か……?」
なぜか気になり、よっこらしょと腰を上げて、流れてきた棒に手を伸ばした。
「……箸……? 誰かこの上にいるのか?」
箸を手にしたまま、スサノオは上流に目をやった。
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