夕方の空に響いたフルートの音色

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「意外だって思ってるんでしょ? わたしね、今はポップスの活動が多いけど、演奏家としての理想は《自然になる》ことなんだよね。風が吹いて木の葉がカサカサ揺れる音。川の水が石にぶつかりながらちゃぷちゃぷ流れていくる音。虫や鳥が自分たちの季節や時間になると鳴く声。わたしのフルートもそうなりたい。《自然のような音》じゃないの。《自然そのもの》になるのが理想」  遠くを見つめるような目でそこまで言うと、yucaさんは僕の方を向いて、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。 「だけど、大きなスピーカーからガンガン流れる激しい音楽も好き。色とりどりのスポットライトを浴びるのも好き。人間が造った人工の美しさや楽しさも大好き。でもそれって、いつか壊れて無くなってしまうかもしれないじゃない? だからわたしは、楽しめるものを楽しめるうちに楽しんでおきたいの」  僕は何も言えずに話を聞いていた。 「『イギリスのナイチンゲール』、久しぶりに人前で吹いたけど、結構覚えてるもんね。わたし一瞬、客席のことを忘れて《自然》になろうとしてた。本当に今日はありがとう」  yucaさんは荷物を持って立ち上がり、ドアに向かった。  やっぱりyucaさんはすごい人だな。  お見送りを終えて会場の事務所に戻った僕は、ペットボトルのお茶を紙コップに注いで一口飲んだ。  そうだ、さっきは感動のあまり何も言えなかったけど、あとでお礼の連絡をするときに一緒に返事をしておこう。  「わたし、ナイチンゲールになれてたかな?」っていう質問に対する答え、「もちろんYesです」って。
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