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ある雨の日。
ある用で、町外れまで行っていたその帰り道。
「おい。」
という太い声が後ろで聞こえた。振り返ると、刀を抱えた男が、小道にそって生える木々の一本にもたれかかって座ったまま、こちらを見上げていた。
「何か。」
目が合ったので、私は言う。
「あんた、妓楼の女だろ?」
男は答える。
「そうですが。」
男が言いたいことは何となく分かった。どうせ、遊んでほしいのだろう。
私が答えると、男は笑った。
「やっぱりな。あんたみたいないい女、一度見たら忘れねぇよ。」
「ありがとう。」
私は一応、微笑みをつける。
「これから遊びにいらっしゃらない?」
勧誘も仕事の一つであるので、私は遊女としてその男に声をかけた。だが男は、いやぁ、といって下を向いた。
「生憎金を持ち合わせてないんでな。悪いが、遊びに行けない。」
金なしで遊女に声をかけるなんて、大した殿方だ。もしかして、タダで遊んでもらおうとでも思っていたのだろうか?
「悪ぃな、足止めして。あんたには一度声をかけてみたかったんだ。」
男はまた笑ってそう言った。
ただそれを言うためだけに私に声をかけたのだろうか。
それとも、何か企んでいるのだろうか。
私としては、後者を疑わずしていられない。だから、この男には気をつけた方がいい。
金も貰わず相手をしたとなれば、妓楼の人が黙っていない。
己のことよりも、私はその心配をしていた。私はただ、私を買った人たちが金を儲けるためだけにいる人形だから。
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