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それからというもの。
町外れに行く度、帰り道は必ずその男に声をかけられた。そのたび妓楼に誘うが、毎回金がないと言って断る。文無しならと、毎度私は話を切り上げ、その場から立ち去るのだが、ある時その男は私に言った。
「俺はただ、あんたと話がしたいんだ。」
私にはその意味が全く分からなかった。
一体何のために?
こうやって仲良くなっていけば、タダで相手してもらえるとでも思っているのかしら。
「確か名前はお紅…さんだったよな?俺、あんたみたいな優しい人に会ったことねぇから、なんか毎回話しかけちゃうんだよな。」
男は笑った。一度自己紹介をしたんだっけ。けれど私は男の名前を覚えていない。
それに、『優しい』とは、一体どういうことなんだろう。
「私、殿方になにか差し上げましたか?」
私は聞く。
「ああ、毎回な。短くても、お紅さんと話すときほど楽しい会話をしたのは久しぶりでさ。ご覧の通り、俺ぁ浪士でさ、行く当ても住む場所もねぇんだ。」
毎度話す短い会話だけで私のことを優しいと感じる程、単純な感性をこの男は持っているのだろうか。私が愛想良く話すのは、仕事であり、自分を隠すための仮面なのに。まあそんなこと、この男は知り得ないのだが。
「毎回、悪いな。足止めて。気をつけて帰れよ。」
男が言うので、私は微笑んで会釈し、その道を妓楼に向けて進んだ。
あの男は何が欲しいんだろうか。
理解も解釈も出来ないほど、もどかしいものはない。
ただ、他の男たちとは少し違う気がするということだけは、その時感じられた。
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