お紅

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 * * *  それからというもの。  町外れに行く度、帰り道は必ずその男に声をかけられた。そのたび妓楼に誘うが、毎回金がないと言って断る。文無しならと、毎度私は話を切り上げ、その場から立ち去るのだが、ある時その男は私に言った。  「俺はただ、あんたと話がしたいんだ。」  私にはその意味が全く分からなかった。  一体何のために?  こうやって仲良くなっていけば、タダで相手してもらえるとでも思っているのかしら。    「確か名前はお紅…さんだったよな?俺、あんたみたいな優しい人に会ったことねぇから、なんか毎回話しかけちゃうんだよな。」  男は笑った。一度自己紹介をしたんだっけ。けれど私は男の名前を覚えていない。  それに、『優しい』とは、一体どういうことなんだろう。  「私、殿方になにか差し上げましたか?」  私は聞く。  「ああ、毎回な。短くても、お紅さんと話すときほど楽しい会話をしたのは久しぶりでさ。ご覧の通り、俺ぁ浪士でさ、行く当ても住む場所もねぇんだ。」  毎度話す短い会話だけで私のことを優しいと感じる程、単純な感性をこの男は持っているのだろうか。私が愛想良く話すのは、仕事であり、自分を隠すための仮面なのに。まあそんなこと、この男は知り得ないのだが。  「毎回、悪いな。足止めて。気をつけて帰れよ。」  男が言うので、私は微笑んで会釈し、その道を妓楼に向けて進んだ。  あの男は何が欲しいんだろうか。  理解も解釈も出来ないほど、もどかしいものはない。  ただ、他の男たちとは少し違う気がするということだけは、その時感じられた。
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