お紅

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 その時だった。周囲が突然騒がしくなった。  他の男たちの騒ぐ声が聞こえ、私に馬乗りになっているひげ面の男もそれに気づく。男は後ろを振り返るが、暗くてよく分からないらしい。ただ、部下の騒ぎ声にただ事ではないと思ったのだろう、男は立ち上がって刀を抜いた。  雨が刺す闇に飛び込む男。強い雨の音のなかに聞こえる、叫び声。  何が起こっているのかと呆然としていると、いつの間にかその騒音が鳴り止んでいた。雨だけが地面を打つ音がする  「大丈夫か?!」  突然そんな声がした。その声には聞き覚えがあった。  思い出そうと頭の中を探していると、声の主が私に駆け寄ってきた。  そこでやっと思い出した。その人は、いつも町外れの帰り道に話しかけてくる、その男だった。  無造作に転がっていただろう私の傘を、男は持って私にさした。  「あ、ありがとうございます。」  私は急いで服の乱れを整えながら、その男にお礼を言った。  「怪我してないか?」  何かされてないか、と聞かなかったのは、服の乱れを目に留めたからだろう。  「はい。大丈夫です。ありがとう…」  お礼の言葉を私が言い終える前。男がいきなり、私を抱き寄せた。  「あ、あの…」  突然の男の行動に驚いて、そう声が漏れた。  が、私はその男が少し震えているのをすぐに感じた。  「大、丈夫ですか?」  私がその震えに声をかけると、男はそれも突然に、私を突き放した。  私を離した男の表情は、驚くような、恥ずかしさを隠しきれないような、そんな色だった。  「いや、すまん、つい…」  男は目をそらす。少しおかしくて、私はふふっと笑った。  「助けてくれて、ありがとうございました。」  「...当たり前のことをしたまでだよ。」  こんな人を、私はなんと呼ぶか、知っている。  その男は典型的な偽善者というのだ。あたりまえだとか言って、人を助けて、感謝されることに気持ちよさを感じる。お節介をやいて、己の「優しさ」に酔いしれる。それを見せびらかして、好かれようとする。  この男もやはり、そんな人に過ぎないのか。人のことに首を突っ込むこと程、己の人生は余韻があるということなのだろうか。  何にしろ、人間臭さがこの男からもし、それが私の鼻孔を刺していた。
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