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ティナ・バレンスタインは薄氷でできている。
背筋がひやりとするような冷たさと危うさを内包しているのだと。
彼女をそう評したのは一体、誰であっただろうか。
当の本人であるティナは気まぐれに朧な記憶を手繰り寄せてみたものの、やがて思い出すのを諦め、ぐるりと周囲を見渡した。
視界が白い。
厚い雲が重く垂れ込めた空も、足元から立ち上る雪煙に覆われ、ぼんやりと霞んで見える。
視界が良好なら大ラウス山脈の尾根が見事な稜線を披露しているところなのだが、真冬の今、その絶景を目にすることはできなかった。
ティナの期待をせせら笑うかのように、強風が吹き付ける。
冬の風は氷の粒を伴って、ティナの白い頬を叩いた。
ベージュがかった長い髪が後方に煽られる。
薔薇の紋様をあしらった防寒素材のコートも裾を激しくはためかせた。
同じ素材で同じデザインの帽子までもが飛びそうになって、ティナは慌てて頭を抑える。
目の前に立っている枯れ木の枝が、ティナの目の前で好き勝手に交差している。
ティナは身を伏せながら小走りして、森を抜けた先に見つけておいた岩場の影に身を潜める。
そして肩から提げていた愛銃をそっと降ろした。
濃紺の銃身に金色の意匠があしらわれている、美しい狙撃銃。
名を『クラリオン』という魔導砲——母・アーミアが遺した数少ない形見だ——その表面をそっと撫でる。
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