薄氷の弾丸

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 ティナはコートに雪が付着するのも厭わず、完全に俯せになった。  いわゆる伏せ撃ち(ブローン)の体勢である。  続けて、銃身の上に付属する光学スコープを覗き込む。  彼我の距離、およそ500メートル。  雪山にぽつりと細い四本足の動物がいた。  オジロと呼ばれる動物だ。  旧人類史における極東の島国『日本』の影響が色濃いカナド地方の言葉で『尾が白い』という意味らしい。  犬よりも少し大きな体に、肉付きの悪い胴体。  お世辞にも狩猟の獲物としては適しているとは言えなかった。  しかし、 (山奥の集落にとっては貴重な食料になるはず。大切な仕事相手だし、できれば手土産でも持って友好的な関係を築いておきたい)  ティナは誰にとも無く小さく頷き、狙撃銃のトリガーに指を掛けた。 (お前も撃っておいてあげないとね)  オジロはうろうろとその場を行き来している。  きっと冬眠しそこなって、少しでも食べられるものを探しているのだろう。  だがこの厳しい冬山にそんなものは存在しない。  やがて痩せ細り、餓死する。  否、凍死するのが先かもしれない。
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