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「ティナ・バレンスタインです。傭兵協会帝国支部から派遣されました」
そう答えるや否や、人垣の前列に陣取っていた村の若い男達がざわつきだした。
「あの小娘が?」「傭兵には見えん」などとさざめき合っている。
一応成人はしているのだが、自分が実年齢より幼く見えることをティナは自覚しているので、この手の扱いにも慣れていた。
後方には従機がそびえているというのに何をいわんや、とは思うが。
ティナは懐から傭兵協会の正規ライセンスを取り出して、提示してみせる。
「依頼主は貴女ですか?」
目尻の皺を深め、老婆は微笑む。
「ええ、ええ。申し遅れました、私はカウシュフェルトの首長をしております、ダニタと言います。こちらは孫娘のニウカです」
祖母と孫娘はそろってぺこりと頭を下げた。
孫娘のニウカが集落の中へとティナを導く。
そばかすの残る素朴な顔立ちに、朗らかな笑顔が印象的だった。
「ようこそおいでくださいました、ティナさん。どうぞこちらへ」
集落に住む人々の好奇の視線が針のむしろとなってティナを刺した。
しかしティナはどこ吹く風だと言わんばかりに、前を向き、一定の歩幅で堂々と衆目の中を歩み進んでいく。
ようやく人垣を抜けたその時、ぼそりと低い声がした。
「……あれが、“蒼薔薇”ねぇ——」
ティナは肩越しに後方を振り返った。
“蒼薔薇”は傭兵としてのティナの通り名だ。
帝都ニブルヘイムのような都会ならともかく、この帝国北端の集落でそれを知る者がいるとは思えない。
嫌な感覚が脳裏を過る。
蛇のようにねちっこく、絡みつくような、声音だった——
ティナは狙撃手の目でつぶさに衆人の中を探した。
だがそれらしき人物はすでに見当たらなかった。
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