猫耳はどうせ見えない

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 猫を被るっていう言葉、あるでしょ。あれ、逆だと思うの。  少なくとも、私にとっては。  私は猫だ。(よわい)2年。人間にして、24歳くらい。  人間的には社会に出て、バリバリ働き始める時期でしょ。猫にとっても同じで、今が一番ノッてる時期。野良猫なら、近所のボス猫の目を掻い潜って秘密のお昼寝スポットを見つけたり、飼い猫なら、家中の色んなものを引っ掻きまくって爪の砥ぎ心地を選定したり、とにかく忙しい時期だ。  でも今、私がいるのは、日当たりの良いコンクリート塀の上でも、リビングの太い柱の前でもない。  目の前には、整然と並ぶ机。  その一つ一つで、ノートを取ったりうたた寝したりしているクラスメイトの後ろ姿。  一番前には大きな黒板と、その表面に白い文字で描かれていく二次関数、そしてそれを説明する先生。  私は今、高校の教室の一角で座っている。  手元にはささみスティックでもボールでもなく、皆と同様にシャーペン、ノート、参考書。  それを持つ私の手も肉球ではなく、きちんと5本の指がある。  そう。何を隠そう……いや隠してるんだけど、私は人間に化けて高校に通っているのだ。  きっかけは、お昼休みにこの学校の校庭に迷い込んだこと。  今までなるべく静かな路地の裏で暮らしていた私だったけど、その時は驚いた。こんなにたくさん、若い人間のいる場所に来たことなんてなかったから。そしてそれ以上に、校庭に出てサッカーだのドッジボールだのをしている生徒たちの姿が、あまりに楽しそうだったから。  それ以来、私は放課後に屋上へ上って吹奏楽部の演奏を聴いたり、調理実習の良い匂いに連れられて家庭科室の窓を覗いたりと、頻繁にここに通うようになった。でも、もう我慢できない。見ているだけじゃ勿体ない。私もここで、皆と一緒に過ごしたい。  というわけで、女子高生になっちゃいました。  猫に生まれてラッキーだったよね。化けられるから。犬だとこうはいかないもんね。  え、生まれてたった2年なのにもう化けられるのかって? そうそう、それ私もびっくり。普通、100年くらい生きて力を身に付けなきゃいけないらしいんだけどね、どうやら私を生んだお母さんがそういう力を持っていたらしくて、その遺伝子を継いだのか、なんか生まれた時から化けられるようになってました。チート万歳。  てな訳で私、今日も楽しく女子高生やってます。  伊端 珠(いばた たま)っていう名前で、ここ1年C組の一員です。  最初はうまくやれるか不安だったけど、今ではすっかり、青春な毎日。ずっと猫の姿で見てるだけだった体育の授業も、調理実習も、そして勉強も、すっかり板に着いてきた感じ。あ、こう見えて頭は良い方なの。自分で言うのもなんだけど。  そして何より、クラスメイトが良い子ばっかり。入学当初、大勢の人間に囲まれて緊張している私に、皆すごく気さくに話しかけてくれたの。珠っていうの? 可愛い名前だね!とか言って。お昼休みに一緒にお弁当食べたり、この前は放課後にカラオケ行ったり。  猫のくせに、人間に混じってスクールライフ満喫してるなんて変だと思う? 変でも結構。私にとって、一匹で日向ぼっこしてるより、皆と一緒に授業受けたり何でもない話したりしてる方が、よっぽど楽しいもの。  そんな感じで、私は猫かぶりならぬ、人間かぶりをしながら、日々過ごしています。  正直、何回か素に戻って「猫」が出ちゃいそうになる事もあったけどね。体育の授業の時うっかり4足走行でボール追いかけそうになったり、友達のお弁当に煮干しがあるのを見て小っちゃく「にゃっ……」て言っちゃったり、プールの授業休む理由を考えるのに困ったり。  でも今のところセーフ。何とか普通の女の子を演じられてる、はず。人間に見えるのは外側だけで、ぶっちゃけ猫耳も尻尾もちゃんとあるんだけど、大丈夫。どうせ髪の毛だのスカートだので見えないから。  きっと、周りの皆が良くしてくれなければ、こんなに上手くやれてなかったと思う。猫に生まれたのに、人に恵まれることがあるなんて、思ってもみなかった。明日は皆とどんな話をしようかな。そんな事を考えるだけで、毎日飽きません。  強いて言えば、皆もう少し察しが良くてもいいのにと思ったりはするけどね。クラスメイトに猫が混じってるなんて、誰も考えもしないんだから。まあそのおかげで私も正体を隠しながら学校に通えているし、そういう所も含めて、私は皆がとても好きです。      *  *  *  *  *    放課後。1年C組の教室で、クラスの男女数人が話をしている。  「なあ、今日の伊端さん、マジで可愛くなかった?」  「分かる。いつも可愛いけど、今日は特にやばかった」  「雰囲気おっとりキャラだけど、話してみたら意外と積極的だし、そうかと思えばちょっと抜けてる所もあったりで、あれは萌えポイント高いわ。女子から見ても」  「……まあでも、一番可愛いのは」  一人が声を潜める。  「猫だってバレてる事、気付いてない所だよな」  「分かる~!!」  たちまち沸き立つ一同。  「今日の6時間目とかさ、お昼後っていうのもあるけど、伊端さん窓際の席だから日差しが気持ち良いらしくてウトウトしてて。で、その時私、伊端さんの後ろの席だから見えちゃったの。……スカートの下から尻尾が垂れてて、それが伊端さんの頭の動きと合わせてゆらゆら揺れてる所。もう私、可愛すぎて卒倒しそうだった」  「何それ! 羨ましいラッキースケベだなおい!」  「俺と席替われし!」  「やだし!」  「ハイハイ! そんな事言うなら私も、伊端さんが私のお弁当の煮干しに反応して一瞬猫目になったの見たことあるし! いる? って言ったらいいの!? ってあからさまに喜んでて超可愛かったんですが!」  「あ~お前、最近やけに弁当に魚持ってくるなと思ったら、それ狙ってたのか! 自分ばっかり卑怯だぞ!」  「私もやろっと」  「え、ちょっと盗らないでよ」  「ふん……皆程度が低いな。俺なんか、伊端さんの一番猫っぽいところ知ってるから」  「何よ、それ」  「聞いて驚くな。実は伊端さんはな……こっそり自分の腕を嘗めている時があるんだ」  一瞬、沈黙。  「何それ~!!」  「猫じゃん! 完全に猫じゃん!」  「珠ちゃんがあのムダ毛一つ無い綺麗な腕をこっそり嘗めていると思うと……やばい私、尊さで胸が一杯になってきた」  「伊端さんの腕になりたい」  「でも、女子が毛づくろいしてるところを目聡く観察してるお前は普通にキモいな」  「おい」  盛り上がった会話は、留まるところを知らない。  「てか名前からして、伊端珠って……ローマ字にして逆に読んだら『あ、マタタビ』じゃんね。何? 名前にも無意識に猫のアイデンティティ出ちゃうの? 無限に推せるんですけど」  「しかも『あ、』って。見つけたんかい、今。場面が目に浮かぶわ」  「俺、今度マタタビ持ってこようかな」  「ちょっとあんた、女の子に変なもの嗅がせてへろへろにしたら、マジで犯罪だからね」  「いや、ちょっ……意味が違くね!?」  「まあ待て、俺は伊端さんの更に猫っぽいポイントを知ってるぞ。それはな……」  「いや、私が先に言うし。この前ね……」  彼らは1年C組。とある猫がこっそり通う教室の、クラスメイト。  今日も本人に知られることなく、伊端珠を愛で続けている。  
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