童貞だとは言ってない

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童貞だとは言ってない

『じゃあ、綺麗にしておいて、白蘭』 「畏まりました、ギフト様。では、まずお風呂を用意致します」 レアな虎の獣人である白蘭が一礼して引き受け、風呂場へと向かって行った。 すると、風呂場とは別の部屋へと続く扉の方から、白蘭が風呂場へ向かったのと同じタイミングで、胸と尻が豊満な女性が現れ、今ロックとギフトがいる部屋にツカツカと赤いハイヒールを鳴らして入って来た。 彼女はギフトの眼前に仁王立ちになり、腰に手を当てて、それなりの美人だが、台無しなほど恐ろしい形相で睨みつけた。 「やっぱり帰って来てるって言ってたのは本当だったのね!!ちょぉっとアンタっ、隣の国に出張するっていうから特別手当が出るはずだったのにっ、帰って来ちゃったら貰えないじゃないのっ!!魔物が出たからなんだってのよ!?アンタが死ねば妻の私には慰労報酬ってのが結構な額、出るんだから、小金稼ぐしか能がないならいっそ魔物にやられて死ねば良かったのよっ、この愚図っ!!」 『はあ…』 「…お風呂が沸きました」 まだ更に何か言いかけた女性は、白蘭が戻って来るなり、表情を引攣らせ、 「わっ…私と寝て欲しかったらもっと稼ぎなさいよね」 入って来たドアから出て行った。 「はあー?!妻っ??」 『うん、面倒だから妻にした』 「おっ…前、童貞じゃ無かったのか?」 こんな顔すら見えないくらい髪を伸ばしているような少年が、童貞じゃなくて妻まで居たなんて衝撃だ。 金で買ったのか、誘拐か、それより何より、 「…俺の同情を返せ」 幽霊が恨めしやと呟く気持ちで言う。 『僕、妻とした事無いけど?』 「は?何を?」 『性行為を』 「なら、妻って…」 『僕、人と一緒じゃないと眠れないし、妻じゃない人と寝るってなると色々面倒だから。あの人が欲しがるものを僕の妻になる事で提供出来る代わりに時々一緒に寝て貰ってる』 「あー、童貞のダサ少年だと思っていたが、そこまでお子様だったとは…」 『少年じゃない。とっくに成人してる』 「嘘だろ」 ロックは幼い頃に取れた栄養の割に、身長ある方だし、荒っぽい事が多いお陰で鍛えられた身体をしているが、目の前の少年もとい青年は、身長はこの国の男性の平均を考えればちょっと足りないくらいとはいえ、躰つきなんて棒っきれだ。 「では、そろそろお風呂に入れて来てもよろしいでしょうか?」 『うん、お願い』 色々と知らされた事実に愕然としていたロックは、白蘭に腕を取られて風呂場へと引き摺られて行く。 『あ、白蘭、ソレは食べちゃダメ』 後ろ向きで引っ張られていたせいで気が付かなかったが、腕を引っ張る白蘭を振り返ると、鋭い牙が剥き出しで口は耳まで裂け、青い眼光が爛々として、顔全体的に獲物に喰らいつく肉食獣そのものになっていた。 ガチンッ!! 「うおっ!!」 ロックだって大人しく丸齧りさせるつもりは無かったが、白蘭はギフトの言葉に従い、ロックの頭スレスレで、開いていた口を閉じた。 「あっぶねぇー、肉食系女子ってやつか…」 余裕ぶって軽口を叩いてみたが、掴まれている腕は全身全霊で引っ張り解こうとしてもビクともしない。 流石は白虎、激レア珍獣、獣人ならば怒らせたら明日は無い、獣ならば見かけたら己の冥福を祈れという噂を今、思い出した。 「はい、食べません。一口だけ、齧ってみるだけにします」 『今は、だーめ』 「そうですか、畏まりました」 二人とも、無表情で恐いこと言う。 「今はって、どういう事だよ」 「では諦めて、お風呂でキレイキレイにしましょう」 ロックの疑問はスルーされ、ズルズルと引き摺られるのは再開され、逃げ場の無い風呂場へと押し込められた。
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