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練習とお守り
いくら曲と歌詞を覚えたところで、急に大勢の前で歌うのには無理がある。
そもそも、素面だろうと酔っていようと鼻歌程度しか歌った事がない。
『じゃあ、歌ってみて』
「いや、待て、歌い出しまでのメロディーを奏でてくれたりとかねぇの?」
熟練の歌神なら最初から最後までアカペラで歌うのが普通だが、初心者や慣れてない者は、メロディーを他の者が奏でたりするのはよく見る光景だ。
『無い。だって僕、楽器弾けない』
「白蘭は?」
「そもそも、どのような曲か知りません」
さっき出来立てほやほやを独り占めさせられたのだった。
「…そっか」
とりあえず、本番までには何とかなるか。
本番、ん?本番?
「本番っていつなんだ?」
『…日が、地平線の境目と交わろうとする頃』
なんなんだ、急に詩的に表しやがって、嫌な予感しかしないんだが。
「夕方です。今時期ですと17時です」
「ん?今日のじゃ無いよな?」
「本日、午後17時でございます」
あと二時間。
「…嘘だろ?」
『僕、今日は嘘言わない日』
今日は、って。今日こそ嘘連発して欲しかった。
『何?不安?』
湧き上がる緊張と絶望に顔面を蒼白くさせるロックを見て、飛んできた質問。
「あっ…たりめぇだろーよ!結界を張れなかったらモンスターやらがウジャウジャと押し寄せて来るんだぜ。そうしたらこの国は終わりだ。お前に貰った金貨三つじゃ、隣の国まで死体とモンスター等々の隙間縫って逃げるには、全然足りねぇ。火事場泥棒なんてする暇もねぇだろうしなっ」
焦燥感で常よりも乱暴な口調で、せっかくセットしてもらった髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら、答えてみせれば、
『良かった』
「ああ!?何が!?」
『国とか民とか守りたいって感じじゃなくて』
いや、良くないだろという突っ込みをする者は誰も居ない。
「え?そりゃあ、気に入ってる酒場とか、もう一戦交えたい女とかいるけど、そんなもん、まずは俺が生きてねぇと。お気に入りは、この国、滅んでもまた別の場所で見つければ良い。俺は俺が一番大事だからな、まあ、うっかり同情して庇って、ぽっくり死んだ事はあるけど。あれだ、俺にもほんの一欠片の良心くらいはあるって事だな」
最後の自分で放った台詞に、なんて善良な男だろうと甚く感動したロックだが、
『ふーん』
ギフトは気の無い返事だ。
ロックはギフトの希薄さや、抑揚の無い淡々とした口調、目元が髪で見えないとはいえ人形じみた無表情にはもう慣れた。
というより、それらが気になる程ギフトに興味が無い。
猛獣を従えた金くれる(無茶振りしてきた)奴。程度だ。
『あげる。お守り』
金色のチェーンに通された紫色のつるんとした雫型の水晶。
「おお…」
くれるという物は貰う。
手の中に転がされた紫水晶は、窓から差し込む光に翳すと中心が金色に輝く。
うん、良い値段で売れそうだな。
『命の光源が入ってたやつ。今はただのガラス玉』
水晶、訂正、ただのガラス玉。売れない。
「え!?命の光源って死人を蘇らせる事が出来るっていう噂の超ウルトラSSSランクの数千年に一度取れるか取れないかのレア雫のアイテム!?おまっ…お前っ…いや、お前様っ、これっ、つーかこの中味は何処やったんだよ!?」
ギフトはロックの胸辺りを指差す。
「お…れ…、俺…俺か!?あ?!じゃあ俺ってホントに死んだのかっ?」
死んだと聞かされていたが、死に掛けたくらいのレベルだと思っていた。
『うん、で、倒れて半開きの口に翳したらソレから金色の液体が出て、口に入ったと思ったら生き返った。だから、良いお守りになると思って。僕、もう要らないから』
捨て忘れていた燃えないゴミを再利用。とまでは伝えなかった。
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