薄れゆく宝物

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広大を狙っていた女の子達に睨まれながら、私達の交際は始まった。と、いっても小学生と中学生のカップルだから、大人の様な恋愛は出来なかった。ゆういつ大人の恋愛っぽかったのは、抱き合ってキスをするだけ。それだけだった。それだけでも私達にとっては刺激的だった。初めて抱き合ってキスをした日、彼の唇を通して、幸福を身体中に注がれた気がした。だって、全身が暖かく、彼の想いに満たされた。レモンの味じゃなかった事には少し驚いたけど、初めてのハグとキスが、彼で良かったと心から思った。 付き合い始めての最初の約束は、お互いを名前で呼ぶ事だった。付き合ってるのにお兄ちゃんは変だろ?という彼に、それもそうだねと納得した私は、出来るだけ広大君と呼ぶように努力した。最初は気恥ずかしかったし、癖でお兄ちゃんと呼んでしまう事もあったけど、今では広大と呼び捨て出来る様になった。 彼は急がしい人だったから、私もボランティア活動に参加する事にした。最初は下心で参加した事に罪悪感を感じる事もあったけど、すぐにそれは忘れた。人助けはやってみたら楽しい事を知った。公園の落ち葉を竹ホウキで掃いていると、知らないお婆さんから「お疲れ様、有難うね」と温かい缶のお茶を貰った。後に彼に聞いてみると、ボランティア活動に参加している人は、みんなその人に差し入れを貰うらしい。 「夏はアイスとか配ってるよ、あのお婆さん。僕は別に見返りを求めてボランティアを始めた訳じゃないけど、やっぱり感謝されて差し入れを受け取るのは、とても嬉しいよね」 そう言って笑顔を見せる彼に、私はときめいた。 彼との交際の中で、私は昔彼に言われた事を思い出した。『我慢した分、後に訪れる幸せが濃厚になるよ』は本当だった。小学校入学前の、私のあの時の寂しさが、今の濃厚な幸福に繋がっていると思っていた。 彼とは色んな所へ行き、色んな事を経験した。公園デートではブランコを2人乗りしたり、ベンチで私の手作り弁当を食べたり、2人であてもなく近所を散歩して、野良猫を追い掛けたり、図書館で勉強を教えてもらったり…。私が中学生になると、行動範囲が少し広がり、映画を観に行ったり、動物園で乗馬を体験させてもらったりした。ボランティア活動も宝箱も、勿論2人で続けた。幸せだった。幸せ過ぎて、私は今、宝箱の中に居るのでは?という錯覚をおこすくらいだった。キラキラした大切な時間の中に私は居る。その時の私の人生の中に、不要物は無かった。 付き合う時に貰った指輪は、今も私の指で光っていて、校則違反にならない様に、学校に居る時だけ筆箱の中に隠していた。大人には理解されない恋をこっそり持ち運んでるみたい。そう思うと何故か誇らしい気持ちになった。
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