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珍しくバイト先まで迎えに来た佳穂さんと、近場の公園で話をする流れになった。
「子はかすがいって言うじゃない? あれ、どう思う?」
場所こそ珍しいけど、話題自体は驚くものじゃない。唐突にこういう話をしてくる。
「かすがいって何?」
「こういうコの字型をした釘。木材をくっつけるために使われる奴」
両手の親指をくっつけて、人差し指を伸ばした形を作って見せてれる。人差し指のところが釘なのだろう。釘で二つの木を無理やりくっつける訳だ。
スマホで写真を見て更に納得。というか最初からこっち見ればよかった。
「あくまで字面からの感想だけど、たまったものじゃない、かな」
「どうして?」
「本当に繋ぐだけの物なんだな、って。離れてしまうものを無理やり抑え込むための道具でしょ。離れようとするものを繋いでいるなら、強い力がかかるじゃん。壊れるでしょ」
半ばで折れて二つに割れたかすがいが頭に浮かぶ。繋いだ木の方もぱっくりと割れて、引き裂かれていたりとか。
「ウチはかすがいが不要な家庭だから、想像でしかないけど」
「両親、仲いいの?」
「良すぎというか。かすがいなんか打たなくても最初からくっついてたんじゃないの、みたいな」
佳穂さんの家はそうではないのだろう。話題がそうだし、この後で「ウチもそうなの、仲いいんだ」と言わないことは流石にわかる。
「家で何かあった?」
「まあ、ね。やっと離婚が決まって、それで--」
声が途切れる。続く言葉を黙って待った。
遠くを見るように、佳穂さんが暗がりの公園へ視線を飛ばす。
「白岩佳穂は、母さんとも父さんとも一緒に居たい。二人の自慢の娘でありたい。家族のために毎日遅くまで働いている父さんを尊敬している。家のことを切り盛りして、料理とか色々教えてくれる母さんに感謝してる」
言い切って深く長く息を吸った。
「白岩佳穂は、母親も父親も、そして自分自身も嫌い。娘を介してしか会話をしない親と、その顔色を伺う自分。昨日は父親の味方をしたから、次は母親。あっちに近づいて、こっちに近づいて。ご機嫌を取って、ぐるぐるぐるぐる家を這いずり回る。気持ち悪いコウモリ」
白岩さんと佳穂さんは別人。それを今になって直視した気がする。
言葉を返せないでいると、皮肉めいた笑みを彼女は浮かべた。
「君が言う通り、少し前に壊れた訳。ぽっきりと折れて二つになった。それに気づかないくらい、ウチの親は私達を見ていないんだ」
「言わないの?」
「言わないよ。最近の素行に難あり、とは思ってるみたいだけど。親に伝えたら大変だろうね。始まるのは責任所在の押し付け合い。そんな言い合いに関わるのは嫌だから、言わない」
首を降る彼女に聞くべきなのは、きっと家庭のことじゃないと思った。
「白岩さんはこうしているの知ってるの?」
「あっちは知らない。私は知ってるんだけどね。最初は存在を認めさせるのにも一苦労。スマホで動画取って、何度もやり取りして、納得してくれるまで一週間もかかった。頑固なんだよ、あの子」
書き置きがあって、記憶に無い自分が自分に語りかけている。それをすんなり受け入れるのは無理がある。事態に納得するまでに時間がかかるのはそんなに間違った話には思えなかった。
「まあ、チャットの順番で私が君とやり取りしてるのは気づいてるんじゃない? 夜が私。昼はあっち。そういう棲み分けなの。もともと私が割って入ったようなものだけど。
家でしか出たこと無かったんだけど離婚の話を耳にした次の日にさ。気づいたら駅前に居たんだよね。急に外に放り出されて、適当に過ごしてたら警察に話かけられるし。もう最悪だったよ」
「それが四時間ボケっとしてた真相?」
「そうそう。あの時はありがとう、助かりました」
ペコリと佳穂さんが頭を下げる。
「実はあの時、明菜と秋輝に怒られるのが怖くて声かけました」
「どうしたの、急に」
「白岩さん、あの二人と仲いいから。見過ごしたら後で怒られる気がした訳です」
「黙ってればいいのに」
「いや、あいつら相手だと口が滑る可能性が--」
「じゃなくて、私に」
「あ……まあ、言いづらい話をしてくれたので、こっちからもお裾分けというか、そういう」
「ぷっ、なにそれ」
真面目な顔で返したのに、吹き出した上で腹を抱えて笑われた。
「どっちについて行ったらいいと思う?」
笑いを収めたと思えば、急に豪速球を投げ込んでくる。もっとこうキャッチボールしませんか。
「それはわからないでしょ。俺は会ったこともない人だし」
「参考程度だから。君がマザコンだから母親、でもいいよ」
「急に母親と言いづらくなったな」
「じゃあファザコンだ」
「ゼロイチしか無いんだ」
でも実際、ゼロかイチかだ。半分ずつでは猟奇事件になってしまう。通らない願いはある。それでも選ぶしかないから、白岩さんと佳穂さん、どちらも理由は違えども選びあぐねている。
自分ならだけど、そう前置きする。
「親以外の物を、それこそ自分に関わるものを全部を天秤に載せるかな。どちらに乗せるかは後悔しないように徹底的に吟味して。夢の実現にはお金が必要。お金があるのは父親の方。じゃあ、夢は父親の方に乗せる。日常的に接してて苦痛が少ないのは母親の方。じゃあ、日常生活は母親の方に乗せる」
ドライな考え方だし、実態とも異なるだろう。それに他人事だから言える。それでも選べない物を選ぶとしたら何かを秤にかけるんだと思う。
「ごめん、こんなのしか出ないわ」
「ううん。参考になった。ありがと」
そう言って佳穂さんは立ち上がった。
「散歩して帰るから、今日はここで」
「夜遅いけど? 駅までなら--」
「散歩して帰るから、今日はここで」
はい、を選択しないと無限に続くやつだったので大人しく頷いた。
「それじゃ、さよなら」
こっちもかなり頑固なのでは? と疑いの目を向けている間に佳穂さんはさっさと歩いて行ってしまった。
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