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「『昼の世界』で体と頭をフルに動かしてきた。ずっと興奮状態でいたのに、そのままの状態で『夜の世界』に行ってもすぐに寝られないでしょ? この時間を使ってゆっくりとクールダウンさせて、向こうについたらすぐに寝られるようにする。これはそのための時間だよ。じゃないと、向こうについても寝付けなくて、それこそ無駄な時間が発生しちゃう」
『曖昧トンネル』に入ってから、カヒはすぐに寝巻きに着替えていた。締め付けのないゆったりとしたもので、長年愛用している。愛用しすぎえ、これを着るだけで気持ちが切り替わるほどだ。
「なのにニレったら、着替えてもいないじゃない」
「俺様はそういった準備が必要ないくらい、体と頭は疲れてるから問題ないね。向こうについて寝るための手続きを済ませたら、すぐにバタンと倒れていびきをかいてるよ」
ニレは冗談ぽくいったが、それが真実であることくらいカヒはわかる。短い付き合いじゃないのだ。
「ちなみにだけど、今回は何時間くらい『昼の世界』にいたの?」
「そんなもん数えてるわけないだろう」ただ、とニレはポケットの中にある通行証をみた。顔写真や名前など個人情報の下に、『昼の世界』の出国日時が打点されている。「前回の入国時から計算すると、247時間だな」
「居すぎだね」
「『夜の世界』では約3時間の滞在予定だ」
「早すぎだね」
第一だな、とニレが語気を強める。いけないと思い、カヒは耳を塞いだ。
「『昼の世界』で睡眠ができないのが悪いんだ! 昔は平気だったんだぞ? なのに睡眠に特化した『夜の世界』を作るから禁止って、横暴すぎるだろ!」
「叫ばないでよ。こっちまで興奮してくるんだから。僕は合理的だと思うよ? 眠くない人まで一斉に「この時間からこの時間まで眠りましょう」なんてやられるよりはずっと。ニレだって、その時代に生きてたらそう文句を言ってたはずでしょ?」
「当たり前だ。命令されて眠るなんてごめんだね」
「威張らないでよ……」
呆れたように頭を抱えるが、ニレは一向に気にせず、ふんぞり返って鼻息を荒くしていた。
ちょうどその時、ニレたちの隣のレーンに、影が二つ見えた。『夜の世界』からやってきた彼らは、まだあくびをしているが、疲れは取れたようで軽く体操をしている。
隣のレーンとこちらとは壁のような明確な境はなく、低い仕切りがあるだけだった。声も聞こえるし、その気になればハイタッチだってできる。
カヒが挨拶をすると向こうも挨拶を返してきた。もう少し床の移動がゆっくりであれば会話できたのだが、その前に流れて行ってしまう。
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