ワン・サマー・ガール 〜ドブ子さんがドブにハマっていた理由〜

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 絶句して、言葉が浮かばない。透子の顔が初めて会った時と同じくらい青く見えた。夕焼けに雲がかかって彼女の額に影が差した。  表情が影でにじんでよく見えない。大事なことを黙っていた彼女に怒りを感じてもいいはずだが、俺の中にあるのは虚しさだけだった。ぼやけた現実の向こうから、透子が低い声でささやいた。 「私……まだ一番やりたいことをやってないの。死ぬ前にそれだけ協力してくれないかな」 「ウソだろ……そういうジョーダン笑えないから……」 「冗談じゃないの」  彼女は夕陽で染まる観覧車を指差した。夕暮れの中、観覧車でキスをするのが幼い頃から夢だったという。  俺は言われるまま観覧車に乗せられて、無言で彼女と向き合った。 「助からないのか? 手術とか……」 「可能性は低いし、闘病も大変なんだ」 「でも、でもさ。ゼロじゃないんだよな?」  すがりつくような俺の言葉を、透子は容赦なく切り捨てた。 「限りなくゼロなんだよ。俊介のバスケと同じで」  目の前が真っ暗になった。そうだ。言えない。俺には言う権利がない。諦めた俺が彼女になにを言えるのか。  イヤな汗が背中を濡らして額からも伝ってきた。透子が隣に移動し、耳元に唇を近づけた。 「頂上に着いたら……キスしようね?」  まとまらない思考の中、そういえば俺はキスなんてしたことがなかったとふと思い至った。恐らく向こうも同じである。  こんな形でいいのだろうか。お互い好きなわけじゃないのに……心の中で、やりきれない感情がふつふつと浮かんできた。 (やりきってもないのに、後悔しないか? 本当にこれでいいのか……?)
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