だからわたしは口を閉ざす

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 わたしたちは、血の繋がった姉弟なのだから。  彼は気付いていない。わたしだけが知る事実。  両親が離婚したのは、わたしが十二歳の時だった。  わたしは母に、弟は父に引き取られて、それから二十年。一度も会ってはいない。わたしですら最初彼が弟だったなんて気づかなかったのだから、小学校に上がる前だった弟がわかるはずもない。それに母はそのあと再婚し、わたしも義父の籍にはいって名字も変わってしまったし、そのうえ、義父の名字になるさい名前が駄洒落っぽくなってしまったから、名も変えた。母は、かつての夫が命名辞典片手に悩み抜いたという名前を変えるさい、一度も駄目だとはいわなかった。  つまり、何が言いたいかというと、わたしの名前はもう彼と姉弟であった時とはかけ離れているということだ。  当然、身分証にも「今」の名前が載っている。  よしんば昔の写真と比べて似ているとしても、他人の空似で終わるだろう。    わたしのように、DNA鑑定でもしない限りは。  彼と付き合って半年ほど経った頃だっただろうか。少しずつ身の上話も聞くようになって、彼から語られるそれに徐々にわたしが顔を青ざめさせたのは。  ただ、幼すぎたせいか、彼の話は祖父母や父親から教えてもらったものばかりで、彼自身はもはや母の顔も儚く、あとはかろうじて姉がいたという程度の記憶しかなかったには幸いだった。ーーけれど、当時、十二歳だったわたしは、覚えている。父と、弟と暮らした日々を。だから彼が語るエピソードと、わたしの覚えている記憶が一致するたびに恐怖したのだ。  まさか、と。  もしかして、が確信に変わっていく。  それでもわたしは信じたくなくて、一縷の望みを託して彼にないしょでDNA鑑定を頼んだのだ。  結果、わたしの希望は打ち砕かれた。  受け入れられなくて、会社を変えて何度も何度も試してみたけれど、やっぱり事実は覆らなかった。  わたしと彼のミトコンドリアDNAは一致する。  それは、同じ母から生まれれば、男女の区別なく同じである命の絆。  わたしたちを引き合わせ、わたしたちを引き離す、母から贈られた血の証。  それでも、わたしは彼に別れを告げられず、真実も話せなかった。  だからわたしは、必ず訪れるわたしたちの別離の理由が、せめてどこにでも転がっているありふれたものであることを願っている。  いつかわたしたちが別れても、この事実を永遠に隠し続けられることを、願っている。  願っているのだ。
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