だからわたしは口を閉ざす

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「結婚しよう」  何度目かもわからない彼からのプロポーズに、わたしの答えは了承でも拒否でもなくため息だった。  多くの場合、結婚を焦れるのは女性側だろう。特に、女性ほうが年上の場合顕著だと思う。どういう将来設計を立てているかにもよるだろうけれど、女にはいろいろと時間がない。  七歳も離れていれば尚更に。  けれどわたしは彼と一緒にいるために、絶対に結婚という選択肢を選ぶわけにはいかなかった。  たとえ、本当は切望していたとしても。 「またそれ? わたし結婚はしないよ」 「なんで」 「なんでも」 「ウェディングドレス着たいとか」 「ない」 「親安心させたいとか」 「ない」 「子供は? 子供欲しいとか」 「ないね」  淡々と、本当に興味はないのだと、わたしは彼の言葉を切って捨てた。  何度も何度も、繰り返したやりとりだ。 「……だから、そんなに結婚したいなら、他の子、探しなよ。君、まだ若いんだし」 「嫌だよっ」 「だったらこの話は終わり。はい。ご飯冷めるから、食べて」  そういって、ご飯や煮物が並ぶ食卓に、最後の汁物を置いた。今日は豚汁だ。  不満そうな顔ではあったけれど、わたしが折れる気配がないのを察した彼は「いただきます」と大人しく手を合わせる。 「はい。召し上がれ」  お洒落な料理なんて作れない。食卓は全体的に茶色で、けして料理上手でもないわたしの手料理を、それでも喜んで食べてくれる彼が愛おしい。特に豚汁はとても喜んでくれる彼の好物だ。 「あ、豚汁だ。おれこれ好きなんだよね〜」 「挽き肉安かったの。ハンバーグにするより、こっちの方がいいかなって」 「うん。嬉しい。もちろんハンバーグも好きだよ。でも、俺らが出会ったきっかけだし、豚汁は特別」  わたしが彼と出会ったのは、わたしの会社の後輩が企画した飲み会だ。わたしは人数合わせと義理で呼ばれたようなもので、事実集まった中ではわたしは飛び抜けて年上だった。当然、出会いなんて期待してなくて、肩身も狭かった。そこでたまたま横に座ったのが彼だったのだ。  そしてたわいない話題の一つとして豚汁がでてきたわけだ。  挽き肉の豚汁が。  誰もがおかしいというなか、わたしだけがそれを肯定した。話を合わせたわけじゃない。わたしはただ本当のことを言っただけ。それだけのことで、そしてそれがわたしたちが付き合うことになったきっかけだった。 「やっぱ豚汁で挽き肉って珍しいよな……ばあちゃんも挽き肉で作ったことなんてないって言うし。でもなんか挽き肉って思っちゃうんだよな」 「…………それいっつもいってるよね」 「ん〜。同意してもらえたの初めてだったし」  確かに豚汁で挽き肉というのは珍しいだろう。わたしだって他には聞いたことがない。でも母の豚汁はそうだった。十三年前までは。 「やっぱ味覚が合うって大事だよね。豚汁は挽き肉。卵焼きの隠し味は味噌。ご飯は柔らかめ」 「はいはい」 「うん。やっぱり結婚ーー」 「しません」  しゅんとした彼に気づかぬふりをして、わたしはご飯を口に運んだ。  味覚が合うって、そりゃそうだろう。  だってわたしの味は、母の味だ。
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