この毛、なんの毛?

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この毛、なんの毛?

 体育の時間になると、着替えをするために自分たち男子は、いち早く教室を出なければならない。理由は、女子が体操着に着替えるために教室が更衣室になるからだ。  女子たちはさっさと出て行けといった睨みが効いた眼差しを居座る男子に送っては、大急ぎ且つ半強制的に教室を後にされることが多い。  今日もこのパターンだ。三限目は体育。二限終了のチャイムと同時に体操着の入った巾着を片手に持ってすぐに出ていこうとすれば、後ろから声をかけられた。 「ねぇ着替えるとき、この机借りてもいい?」  声の主は密かに好意を抱いている女子生徒。一年生のときにあった合唱コンクール。彼女がクラスの伴奏をする役だったのだが、美しく曲調を奏でる姿に一目惚れをしてしまい、以来ずっと言えずに淡い恋心だけが胸の奥底に隠れている。  しかし彼女とは普段会話らしい会話は一切しない。突然話しかけられてしまい汗ばむ拳を握って、挙動不審になりながら「いいよ」とだけ返した。そうすれば彼女は「ありがとう」と微笑みを見せて、艶のある長い黒髪を窓から流れてくる風になびかせた。十秒もない出来事だったが、自分にとっては永遠に感じた瞬間。体育が終わるまで胸の高鳴りは止まることを知らず、あの子が着替えに使用すると知っていれば机の上の落書きがなかったかくまなくチェックしたし、なんなら新しい布巾でピカピカに磨いてたというのに。  悔しさと嬉しさが交えながら、教室に戻って自分の机に手を置いた。さっきまで彼女が使っていた机だと思えば思うほど何故か緊張してしまう。次の時間の教科書を置くのが惜しいくらい。なんてことを思っていたら、机上にひとつだけ、一本の毛が落ちていることに気づいた。  太くコシのあるキューティクルが乱れていない一本の髪。自分の髪質ではないと分かれば、すぐに彼女のものだと察した。  だがしかし、形がおかしい。チャームポイントの長くて綺麗な黒髪ではなく、数センチの長さで、ストレートではなく妙に縮れている。いかにも下の毛だと言わんばかりの存在感を放っていた。いいや、違う。傷んだ切れ毛だろうと否定をしたが、毛根がしっかりとついており、これはあの毛以外の何者でもないと答えが辿りつけば脳内は大パニックに陥ってしまった。  ふわふわと恋心が舞っていた心境は一変。好きな子の下の毛もしくは脇の毛が落ちているとなれば、冷静にいられない。とりあえず毛を丁寧にクリアファイルに挟んで次の授業に取り組んだが、鉛筆を握る力も弱々しく、毛のことばかり。授業内容が耳に届かないほど衝撃的な出来事をずっと引きずっては、お昼休みに突入。
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