この毛、なんの毛?

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 そんなこんなで給食さえ喉が通らず。見かねた友達から体調を心配されてしまい、誤魔化すのも面倒なので保健室に行くために、とぼとぼと廊下を歩いていれば曲がり角で思い切り人とぶつかってしまった。痛みはそれほどないが、謝罪をするため顔を上げれば顔が強張った。なぜなら、ぶつかってしまった相手は毛の彼女だったから。 「ごめんね。大丈夫?」  申し訳なさそうに謝ってきたが、神様の悪戯と呼ぶべきか。その子の長い髪が自分の制服のボタンにクルクルと絡まって巻き付いてしまったのである。 「あっ、ごめん。今ほどくから」  引っ張っては悪いので自分が相手に近づいて髪の毛を知恵の輪のように不器用な指先で一生懸命解こうとするが、今までにない至近距離。緊張して手は震えて、額から汗が尋常でないぐらいに流れ始めたりと、もはや唇から心臓が飛び出そうな思いでいれば、ふふっと小さく笑う彼女。 「私がやるから大丈夫だよ」 「ごめん」 「いいよいいよ。長い髪が悪いんだし。それにね、今日髪の毛絡まるの二回目なの。今日も三時間目の体操着のジャージについているチャックに髪が絡まってすごい大変だったんだ。毛根から結構抜けちゃってさ」 「ええぇっ?」  思わず素っ頓狂な声色を上げてしまう。異色を放っていた毛の正体は、彼女の紛れもない頭皮から生えた毛であると判明。チャックに絡まって無理に引きちぎった結果、あのような形に変化したのだ。ホッとしたというよりかは、緊張の糸が切れたように全身の力が抜けていく。 「結構すごい量だったから、机に落ちていなかった?」  「いや全然、全く落ちていなかった! そんなもの!」 「そっか。それならよかった」  彼女に嘘がバレないように激しく首を横に降り続けてた。その間、彼女はボタンに複雑に巻き付いていた髪を最後まで切ることもなく、器用に外し終えていた。 「よし、とれたとれた。じゃあまた体育の時間に机借りるから。そのときはまたよろしくね!」  本日二度目の微笑みを見せてから手を振って去って行っていく。  相変わらず動いても髪の毛は優雅に揺れて、美髪特有の天使の輪を輝かさせる。だんだんと遠くへ行く彼女の後姿をずっと眺めては、こう思う。  落ちていた毛は自分の勘違いだった。けれど、左胸にある軽いボールのように跳ね上がる鼓動は絶対に勘違いではない。ますますあの子の魅力に落ちてしまったのだと――。  彼女が自分の思いを拾う日は、来てくれるだろうか。    終  
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