7人が本棚に入れています
本棚に追加
わたしは私を演じ続ける
扉の向こうから微かに漏れる、和やかな談笑。その気配を感じるたび、緊張で手が震えた。
わたしが今から向かうのは、孤立無援の戦場。誰にも助けなんて求められない。……だってそれは、他の誰でもない、わたし自身が選んだことなんだから。
「大丈夫だよ」
ふっと、右手に温もりが宿る。
隣に立つ夫が、わたしの手を優しく握ってくれたのだ。
「みんな、この日を本当に楽しみにしてくれてた」
「……うん。ありがと、俊介」
普段はあんなに物腰柔らかなのに、意外とゴツゴツした手。
心根の善良さが滲み出るような、穏やかな声。
そして、どんな時でも私のことを気遣ってくれる優しさ。
(――ああ、やっぱりわたし、この人のことが好きだな)
そのことを再確認して、わたしは決意する。
「それでは、新郎新婦の入場です」
女性司会の声と共に扉が開かれて、暖かな拍手と言祝ぎが私たちを迎えてくれる。
それはきっとどこにでもある、幸せに満ち溢れた人生2度目の(わたしにとっては1度目だけど)披露宴。
ちょっと変わったところがあるとすれば、至る所に警備員が控えていることくらいだ。
この場の誰もが、彼と、そして私のことを祝福してくれている。
そう……だからこそ。
わたしは彼を、彼らを、騙さなくてなはらない。
最初のコメントを投稿しよう!