金魚のおとしもの

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あの日から奇妙な事が起きている。 真夜中にズルズルと何かを引き摺るような音が響く。 同時にペタペタという音がする。 毎日美女にキスを迫られる夢を見る。(これは奇妙ではなく嬉しいのだが。) 朝起きるとフローリングが水浸しになっていて、何故か小さなウロコが落ちている。 …どれも彼女を飼った日からだ。 彼女というのは、この透明な箱の中をぷかぷか可愛く泳いでいる金魚のことだ。体が虹色のグラデーションで、ひらひらしてるヒレがまるでスカートを履いている女の人の様だ。目はまぁるくて、澄んでいて可愛らしい。彼女はとても美人なのだ。だから一目惚れのようなもんだった。 熱帯魚屋さんで一際目立っていて、一瞬で目を惹きつけられた。ヒレがひらひらと俺を誘っているかの様に見えた。 美女が手招きしていたら断れるわけがないだろう。 だから彼女を飼うことにした。 その日の夜、美女にキスを迫られる夢を見る。   髪が長くてサラサラで、澄んだ目をしている。 上半身までしか分からないが、何故か水着。 そんな美女にキスを迫られたら断れるわけがないだろう。 だから心良く受け入れた。 しかも凄く柔らかくて、少しひんやりするがやけに生々しい。夢のはずなのに。 ドキドキしながら目を覚ました。 すると、はじめに書いたような事が色々と起きているのだ。 すぐにウロコを拾い、ぞうきんで床を拭いた。 そんな毎日がずっと続いている。 会社に行く度に何故か「痩せた?」と聞かれる。 鏡を見ると、確かに痩せた様な気がする。 透明の箱の中の彼女を見つめると、若干太った様な気がするのは…勘違いだろうか?  まぁ、そんな姿も可愛いのだが。 段々と俺は動けなくなっていた。 食欲もないし、頭もクラクラする。自分の手を見ると骨が浮き出て気持ち悪かった。 そのうち会社にも行けなくなってしまった。 それでも美女とのキスは唯一の救いだった。 もうフローリングは水浸しのまま、ウロコもそのまま。 ベッドの上からも動けない。 何だこれっ? 手で自分の顔や体を触ると、シワシワの皮膚になっていて骨は丸出し。まるでミイラみたいだ。 髪を掻き毟ると指の間には白髪が挟まっている。 何だこれっ? 老人になっているのか?何かの病気か?不治の病か?   死期が近い…のか? その日の夜は引き摺る音が大きく、ペタペタもやけにリアルに感じた。あぁ…俺の方に何かが近付いてくる。 でも起き上がることはもう出来ない。 目蓋だけが微量に開ける事が出来た。 ぼんやりした視界の中にいつもの美女が居る。 顔を近付けてくる…。 美女の腰の辺りに触れると…ザラザラの何かに当たった。 あっウロコだ。まさか、人魚姫? その時、彼女が口を開く。 「ブー、ハズレ!私は金魚姫。」 は?金魚姫?そんなの聞いた事ない。 「正確に言えば、殺人金魚かな。」 は?殺人?金魚? 「あなたの生気を毎日吸い取っていたの。」 は?生気を?吸い取る? 「今日でキスは最後。あなたは死んで私は人間になるの。」 は?死ぬ? 「今日までありがとう。」 あぁ、そういうこと。 始めからそれが目的で俺を誘っていたんだね。 あの音は下半身を引き摺る音。ペタペタはヒレの音。 あのウロコは君のおとしもの。 じゃあ俺はもう…死ぬんだ。 最後がこんなのって… 普通おとぎ話なら、王子様のキスで目覚めたりとかだけど、俺は美女のキスで死ぬってこと? まぁ、でも美女のキスで死ぬのも悪くないのかもしれない。こんな地味で、目立たなくて、モテない俺なのに君はキスをしてくれた。毎日。 「じゃ、じゃあ最後のお願いします。」 最後の彼女の笑顔は不気味なぐらいキレイだった。 ブチュ… あなたの横でぷかぷか可愛く泳いでいる金魚も、もしかしたら殺人金魚かもしれません。 どうか… ご注意を。 end
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