2人が本棚に入れています
本棚に追加
あの日から奇妙な事が起きている。
真夜中にズルズルと何かを引き摺るような音が響く。
同時にペタペタという音がする。
毎日美女にキスを迫られる夢を見る。(これは奇妙ではなく嬉しいのだが。)
朝起きるとフローリングが水浸しになっていて、何故か小さなウロコが落ちている。
…どれも彼女を飼った日からだ。
彼女というのは、この透明な箱の中をぷかぷか可愛く泳いでいる金魚のことだ。体が虹色のグラデーションで、ひらひらしてるヒレがまるでスカートを履いている女の人の様だ。目はまぁるくて、澄んでいて可愛らしい。彼女はとても美人なのだ。だから一目惚れのようなもんだった。
熱帯魚屋さんで一際目立っていて、一瞬で目を惹きつけられた。ヒレがひらひらと俺を誘っているかの様に見えた。
美女が手招きしていたら断れるわけがないだろう。
だから彼女を飼うことにした。
その日の夜、美女にキスを迫られる夢を見る。
髪が長くてサラサラで、澄んだ目をしている。
上半身までしか分からないが、何故か水着。
そんな美女にキスを迫られたら断れるわけがないだろう。
だから心良く受け入れた。
しかも凄く柔らかくて、少しひんやりするがやけに生々しい。夢のはずなのに。
ドキドキしながら目を覚ました。
すると、はじめに書いたような事が色々と起きているのだ。
すぐにウロコを拾い、ぞうきんで床を拭いた。
そんな毎日がずっと続いている。
会社に行く度に何故か「痩せた?」と聞かれる。
鏡を見ると、確かに痩せた様な気がする。
透明の箱の中の彼女を見つめると、若干太った様な気がするのは…勘違いだろうか?
まぁ、そんな姿も可愛いのだが。
段々と俺は動けなくなっていた。
食欲もないし、頭もクラクラする。自分の手を見ると骨が浮き出て気持ち悪かった。
そのうち会社にも行けなくなってしまった。
それでも美女とのキスは唯一の救いだった。
もうフローリングは水浸しのまま、ウロコもそのまま。
ベッドの上からも動けない。
何だこれっ?
手で自分の顔や体を触ると、シワシワの皮膚になっていて骨は丸出し。まるでミイラみたいだ。
髪を掻き毟ると指の間には白髪が挟まっている。
何だこれっ?
老人になっているのか?何かの病気か?不治の病か?
死期が近い…のか?
その日の夜は引き摺る音が大きく、ペタペタもやけにリアルに感じた。あぁ…俺の方に何かが近付いてくる。
でも起き上がることはもう出来ない。
目蓋だけが微量に開ける事が出来た。
ぼんやりした視界の中にいつもの美女が居る。
顔を近付けてくる…。
美女の腰の辺りに触れると…ザラザラの何かに当たった。
あっウロコだ。まさか、人魚姫?
その時、彼女が口を開く。
「ブー、ハズレ!私は金魚姫。」
は?金魚姫?そんなの聞いた事ない。
「正確に言えば、殺人金魚かな。」
は?殺人?金魚?
「あなたの生気を毎日吸い取っていたの。」
は?生気を?吸い取る?
「今日でキスは最後。あなたは死んで私は人間になるの。」
は?死ぬ?
「今日までありがとう。」
あぁ、そういうこと。
始めからそれが目的で俺を誘っていたんだね。
あの音は下半身を引き摺る音。ペタペタはヒレの音。
あのウロコは君のおとしもの。
じゃあ俺はもう…死ぬんだ。
最後がこんなのって…
普通おとぎ話なら、王子様のキスで目覚めたりとかだけど、俺は美女のキスで死ぬってこと?
まぁ、でも美女のキスで死ぬのも悪くないのかもしれない。こんな地味で、目立たなくて、モテない俺なのに君はキスをしてくれた。毎日。
「じゃ、じゃあ最後のお願いします。」
最後の彼女の笑顔は不気味なぐらいキレイだった。
ブチュ…
あなたの横でぷかぷか可愛く泳いでいる金魚も、もしかしたら殺人金魚かもしれません。
どうか…
ご注意を。
end
最初のコメントを投稿しよう!