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落としもの探し
部活帰りの暗い道を、私は足早に歩いていた。
おしゃべりしていて、うっかりこんな時間になってしまった。
早く帰らないと、お母さんに怒られる。
焦りは私の足に現れて、いつもより若干スピードアップした小走りで慣れた道を行く。
曲がり角を通り過ぎ、公園の横を過ぎればもうすぐ家だというところで、私はドキリとして足を止めた。
薄暗い道の真ん中で、街灯に照らされそこだけ切り取られたかのように強調された四つん這いの女の子がいた。
いつもの道なのにいつもと違う状況に、暮れる空間も相まって、えもいわれぬ不気味さを感じる。
幽霊。
この二文字が、私の頭の中に浮かんだ。
そのとたん、恐怖が私を襲う。
身体が勝手に震えだす。
女の子に気付かれたくなくて、私は音を立てないようにと、慎重に呼吸をした。
ドンドンと打つ心臓は女の子にまで届きそうで、胸の上から押さえて落ち着けと祈った。
このまま回れ右をして、別の道から帰ろう。
そう思って足を動かそうとした時、小さく声が聞こえた。
「ないよう……。見つからないよう……」
今にも泣きそうなその声音に、私は女の子をじっと見た。
黒の制服を着た女の子は、手を地べたに当ててさするように動かして、何かを見つけようとしているみたいだった。
なんだ落としものを探しているだけか。
私はホッと息を吐き、強張っていた肩を落とす。
何で幽霊なんて思ってしまったのか。
自分のバカバカしさに笑いながら、女の子を手伝ってあげようと、私は近付いた。
「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」
地面を探る血の気を感じさせない白い手に、一瞬、違和感を覚えながらも、女の子の後ろから話しかけた。
「何を落としたんですか?」
私の言葉に、女の子がぴたりと止まる。
「……大事なものを、落としたの」
顔を上げずに、女の子はか細く、それでいてやけにはっきりと聞こえるささやきで答えた。
「無くしたら、困る、大事なもの」
「そうなの? 私も一緒に探そうか?」
帰る時間がもっと遅くなるけど、手伝いをしていたならお母さんも許してくれるだろう。
「……ありがとう。でも、大丈夫。代わりが、ここにあるから」
そう言って振り返った女の子の両目は、落ち窪んで空洞になっていた。
驚き、悲鳴を上げようとしたが、口からは何も出ない。
逃げようとしたが、胴体に何かが引っかかり、止まった身体がガクンと勢いよく揺れ、その反動で頭が下を向くと、そこには私の胸の中にめり込む女の子の腕があった。
「え……」
茫然とする私に、女の子がニヤァと口角を上げる。
「これで、帰れるわ」
ズルズルと引き出される女の子の手には、ドクンドクンと脈打つ心臓があった。
身体から体温が抜けていくのが分かる。
「ありがとう」
私から盗った心臓を、女の子は自分の胸に埋める。
すると、真っ白だった女の子の肌に、色が戻り始めた。
「あ……。やめ……」
うまく声が出ない私の目の前で、女の子の顔が、私と同じになった。
私の顔が、満面の笑みを作る。
かつて誰かだった女の子は、私から通学カバンを奪い取り、私となって夜道を走って行った。
支えを失った私はぐしゃりと膝から崩折れて、四つん這いになった。
そして、地面に手を這わす。
やることは一つだった。
「ないよう……。見つからないよう……」
探さなければならない。
私になるための。
心臓を。
end
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