紅に染まる

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紅に染まる

 陽の高さで移ろう美しい空を撮りたくて、放課後の図書室で少し時間を潰して屋上にあがった。  古びたドアノブは上から数回叩いて捻ると、鍵なんて無いもののように容易く開く。これは入学してすぐの頃に覚えた。カチャリという聞き慣れた合図に、つい口元が緩む。  ドアを開けると、風が優しく頬を撫でた。目の前に広がる、色彩の混ざり合った空の美しさに思わず声を漏らしながら、私は光の中に足を踏み出した。  さて、今日はどんな構図で撮ろうか。  カメラで空を切り取る前に、まずはL字型にした親指と人差し指をくっつけていつものように長方形を構える。そのまま腕を真っ直ぐに突き出して身体を回転させながら、最上級の空を探す。 「なんだ先客か」  そんな声に振り返ると、担任教師がいた。別に驚きはしない、ここが先生の秘密の喫煙所であることはとっくに知っている。  私は先生がここで喫煙することを誰にも言わない。先生は、クラスで浮いた私が写真を撮るのが好きなことや、カメラを学校に持ってきていることを誰にも言わない。  互いの秘密を共有する私たちは、教室の外では担任と生徒よりもほんの少し近い距離で、ときどき時間を共有した。 「俺の喫煙所で何してるんだよ」 「ここは先生の喫煙所じゃないです」  私の指摘に息を吐くように笑った後、先生は私の風下に並ぶように立ち煙草に火をつけた。  うちの学校で容姿も態度も一番教師らしくない丸山(まるやま)先生は、丸ちゃんなんて呼ばれて多くの生徒に親しまれている。だけどきっと、この煙草を吸う姿を知っている生徒は多くない。そのことが最近は、なぜだか妙に嬉しかった。
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