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摩擦音が耳の奥にこびりつく。過ぎ去った音が街灯の下で離散していくと、静寂がより際立った。胸の奥がキシリとひずむ。俺の親指は送信ボタンの上で止まっていた。
やめた。いつでもできるし、様子見ってことでいいだろ。スマホをしまい、再び静かな夜道へ足を進めた。
玄関の明かりが自動で灯る。もう1回シャワーを浴び直すかどうか迷いながら部屋に入ってくと、寝室の仕事机の前にいる人影を視界の端に捉えた。
俺は目を見張り、息を詰まらせた。仕切りのせいで死角になっていたこともあり、俺は寝室に入るまで気づかなかった。
寝室の補助灯の光にあてられた珊瑚礁の髪飾りを目に留め、そこでようやくナギサファーストだと認識できた。
「ナギか」
ナギは振り返り、小さく微笑む。
「おかえり」
跳ね上がった鼓動を戻すように安堵の息を零してベッドに座る。
「いつ来たんだ?」
「今来たばかりよ。なに? 見られたらいけないものでもあったの?」
ナギは意地悪な笑みをたたえて無邪気にからかう。
「その気になればなんでも見られるんだろ?」
俺は普通に会話してるつもりだった。だがナギの表情が曇る。
「そんなことないよ……。変換できないコードだってあるし」
「なんだよ、元気ないな。またひどいことでも言われたのか?」
「ううん。そうじゃないの」
そう言うと、ナギは仕事机から離れ、開け放たれたダイニングへ向かう。俺に背を向けて少し離れたところで立ち止まると、俺の正面で向き直る。
「サキヒト、今日はお別れを言いに来たの」
ナギはひとつひとつ言葉を置きに行くように紡いだ。
「私に、重大なエラーが見つかったんだって」
「重大なエラーって?」
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