--白波--

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 軽口を交わし、玄関へきびすを返す。 「いってらっしゃい」  俺はドアノブを握ったまま振り返る。ナギは精巧な笑顔をいかようにも再現できる。しかしナギの声は必要に詰め込まれた寂しさがあった。  そのワケを問うこともできたが、時間も時間だ。それにナギが言おうとしないなら、俺から聞くべきじゃないだろう。俺はいつも通りを(よそお)った。 「行ってきます」  自宅を出てものの3分。部屋の中にいる時はそうでもなかったが、外は異様な暑さに(おか)されていた。こうなってくると、昼間外に出るのが億劫(おっくう)になる。  10分ほど歩き、日影に入ることができた。階段を上り、ホームに向かう。小奇麗な(よそお)いに身を包む人々の中で、同じようにモノレールを待った。  平凡な日常の繰り返し。働いて家に帰ってゲームしたり、美味い物食べて寝る。たまにどっかへ出かけて、物欲を満たすために何かを買って楽しく余暇を過ごす。  だが日々は変わっていく。俺の周りでも、変わり始めていることがある。変わってきているかもしれない、という曖昧な感覚だ。あのAI、『ナギサファースト』だ。  空港、駅、バスターミナル、大型店舗、観光案内板、病院。各方面で看板アナウンスとしても活躍の場を広げていた。商品・番組などの紹介動画、ナレーター、時には勉強の先生。携帯端末の操作説明でも顔を見せるほど、多彩な汎用(はんよう)性を備える。  車両がホームに入ってきた。おのおの出入り口に人が集中していく。俺も人の列に入った。  席に座る余裕はなかったが、充分なゆとりがあった。  扉が閉まり、列車が出発する。
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