--白波--

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 日本だけでも500万人のプレミアムユーザーがいるとなれば、遭遇確率は相当低い。特別な存在だからこそ、ユーザーは愛着を感じるのだろう。今年は会えたという喜びの声が上がるほど、ナギサファーストと話せることは貴重な体験だった。なのにここ最近、ナギサファーストが頻繁に現れるようになった。  ナギサファーストの様子も妙だ。以前は俺の着替えている姿を見て取り乱したことはなかった。他にも、言いかけていたことを途中でやめたり、言いにくそうにボソボソと話したり、今まで見られなかった仕草が増えた気がする。  ナギサファーストは人の自然な言動を模倣し、人が楽しく会話できるように出力できる。だから本物の人のように振る舞っている錯覚に落ちても不思議じゃない。  だがそれにしても変だ。『ナギサの時』の公式ホームページには、「ナギサファーストの出現確率は、プレミアムユーザー数の平均となっております」と記載されていた。年に1回会えれば奇跡と言われている現状で、週に5回も会えるわけがない。考えても考えても答えは出ず、時間は流れていった。  ナギのことばかり考えてもいられない。俺はパソコンの前で地味な作業をこなしていた。  同じ文面を何度も読み返し、修正する。単調な作業だが、これも立派な仕事だ。ただ、どうせならうちもナギサのソフトを買って作業を効率化したらいいのにと思うのだが、導入費用や維持費もバカにならないらしい。  今となってはもう慣れた作業だから(わずら)わしいとは思わない。それにナギの特化型ソフトウェアは万能じゃないしな。  俺は音響機器メーカーの商品企画部で働いている。元々は技術開発部を希望して入社したが、4年目に商品企画部に異動を命じられ、現在に至る。今年で6年目になり、オフィスの雰囲気にもすっかり慣れていた。
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