普通じゃない存在

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自分はどうやら普通の人間ではないらしい。学校のカフェ内の一角で僕は自分について思い返していた。 物理法則を捻じ曲げるかのような超常現象。自分の意思を契機としてそれが起きるのだ。漫画でよくありそうな話だ。 気がついたのはここ3年程度のことだ。速く走りたいと思っているときに後方から不自然な風が吹いたり、障害物が突如崩壊して近道ができる、といったことが起きる。 その時は同時に奇妙な感覚が伴っていた。この特性をあまり超能力とは呼びたくなかった。そういう単語で自分をくくることは、自分の異質性を正面から見据えることになる。 不都合なものからの逃避。とはいえ、周囲から隠し通している限り、それは世界の中の曖昧なものにとどまって平穏な生活が続けられるのは確かだった。 現象が発生したときに周囲に人がいたことはほとんどない。少ない例外の一つは、ひき逃げ被害者に遭遇したときのことだ。 突如感覚が発生してキズを相当回復させていったこと。このときはうつ伏せだった患者から、どうにか顔を見られないまま、被害者の電話で救急車を呼び寄せてその場を去ったのだった。 今は例の特殊な感覚の開始を意識して抑制できるし、始まってしまっても即座に中断できる。目に見える何らかの現象は一年くらいみていなかった。 寝ているときに感覚が生じた覚えはない。何日もの間確認しても確認しても就寝の前と後で部屋の中はいつもびっくりするほど変わっていなかった。 夢の中でも眠気のあるときも就寝に関わりそうなあらゆる場合に例の感覚は無縁だ。現象の内容は制御できないが発動は制御できる、といったことなのだ。 懸念はあるが、このまま隠し通していけるはずだ。自分の異常性に気づくそぶりが全くない両親との関係、大学の数少ない友人たちとの関係。 あのレストランがおいしいというような小さな出来事の積み重ね。この平穏な人生をこのまま続けていきたかった。 「ちょっとお話を伺いたいんですが」、うつらうつらしている所に帽子をかぶった男が突然話しかけてきた。名刺がテーブルの上に置かれている。 怪しまれるのも嫌だった僕はおずおずとうなずいた。 「自分をフィクションの登場人物と思ったことは?」、男のセリフで自分の表情が変わったことが自分でも分かった。どういう表情なのかは分からない。 「唐突で申し訳ありませんがね、あなた、自何か特殊な能力を持っていますか?」、男は言う。僕は黙っていた。吐き気がする。強いやつだ。 「変わったことが突然身の回りに起きたとか、例えば救急車が来るような、ね。」、男は続けた。 (感覚が……)、気づいたときにはもう遅く、僕と男の上方には拳大の氷の塊が突如として現れ、2人の膝をコツン、コツン、と直撃した。耳鳴りがする。 数秒間の沈黙が続いた。男の置いた名刺が切れ込みが入ったかと思うと弾けとんだ。屋内の雹とこれ。もう取り繕えないだろう。 「これはもう確定だな。これはあんたが起こしている現象だ」、男はこちらをまっすぐに見ながら言った。 「一体どういう……」、僕は相手の意図を測りかねながら言った。 「数年前からに俺の周囲に自分がフィクションの登場人物だと言い張る奴が増えてな。それについて調べているときに昔ひき逃げにあったという奴が連絡をとってきた」、男。 僕は耳鳴りと吐き気に耐えながら男をにらみつけた。 「そいつは事故にあったときに側に少年の声がして、内蔵の裂けた場所が塞がっていくような感覚を覚えたそうだ。一部のキズが塞がった内側に小石や砂利が入っていた」、男はそれはありえないだろ、といいたそうな表情をしている。 それが僕だということを把握しているのだろう。確かに当時の自宅からそれほど離れた場所ではなかったが。 「そいつに会って以来俺自身も妙な能力と、自分が虚構の登場人物だという確信が備わっていたんだ。」、男は全体が銀白色の金属でできたボールペンを持っていた。数秒間でそれはみるみるうちに赤錆に覆われていった。 「更にに言うとな、自分がフィクションの中の人物かと俺に問われて強い拒絶反応を見せたのはあんたが初めてだ。そこで確信を得た」、男。あの時点ならごまかせたのか…… 「俺や俺の知人は間違いなくフィクションの登場人物だが、あんたは別のなにかなんだろう。万能の能力ではないし、作者の分身ではない。例えば小説作品全体が人間の形をとっている、とかだな」、男は勝ち誇ったように言う。 続けて危害を加えるつもりをない、交渉をなどといったことを言っていたと思う。しかし、頭には全く入っていかなかった。反論はできない。おそらく正しい。僕の心には強い絶対的な確信があった。 「ところでこの耳鳴りは……。電磁気が……おそらく俺たちの特異現象が相互作用を起こして暴走しているのだろう。止められるか……」、男はしゃがみこんでいた。僕の目はもう閉じていたが手に取るようにわかった。 痛い。ものすごく眠い。あの感覚は僕の意志と無関係に続いていた。強力なエネルギー線が体を貫いているのがわかる。もう終わりだ。多分僕はここで死ぬのだろう。 せめてこいつは助かれば、そのまま僕の意識は暗闇に落ちていった。 「おはよう」、女の声で目が覚める。僕が目を開けると例の男と見たことのない女の顔が覗き込んでいるのが見えた。 「磁気嵐は収まったようだ。」、男は健康そうだった。 「この人から話は聞かせてもらったけどね、私が来たからにはもう大丈夫だよ。」、女は明るい声でいった。 「君、あなたは一体……」、僕は重い頭を抱えながら言った。 「私は読者の代表、あなた達が虚構の人物だとか作品そのものだとか言ってたのは多分正しいの。作品は読者にはそうそう危害を加えられないからね、ああいう危険なことは私の周囲では抑えられるみたい」、女はにこやかな笑顔を浮かべていた。 「それは面白いな、他にもそういう奴がいるのか?」、男。 「私の男友達で別の作品代表とおぼしき人がいるんだけどさっき呼んだからね。続きは場所を変えて話し合いましょう。」、女が言うと男は感嘆の声色を帯びた間延びした溜息を吐いた。 話を聞きながら僕は再び強烈な眠気に襲われていた。驚くべき事態に脳が耐えきれなくなって睡眠を求めているのだろうか。そもそも普通じゃない僕に普通の意味での脳ってあるのか。 意識が落ちながら考える。僕がこれまで感じていた孤独というのはおそらく解消に向かうのだろう。新たな悩みの種も生まれそうだが…… それにしても……これはすごい健全な眠気で……
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