ブレスレット

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 遺体の身元が判明してから事件は急展開を見せた。あっという間に容疑者が捕まったのだ。逮捕を報じた各社の記事を併せて要約すると詳細はこうだ。  吉永美香は殺されていた。容疑者は大滝和也、四十歳。大手銀行に勤務する妻子のある男で、美香とは不倫関係にあった。供述によると、常々美香から妻と離婚するように迫られ困っていた大滝は、別れ話をするために親戚が所有する軽井沢の別荘に美香を誘った。話がこじれ口論となりカッとなった大滝は彼女の首を絞めて殺した。そして九月十二日夜、遺体を別荘近くの土中に埋めたというのが顛末だった。大滝は殺人と死体遺棄の容疑で逮捕された。  涼子が読んだ記事の中には、美香の写真が掲載されているものもあった。  職場の同僚だろうか? 女性三人が並んでいた。右端の色白で弾ける笑顔が可愛らしい女性が美香だった。栗色のセミロングの髪と、パッチリした目元が印象的だった。  だが、すぐに涼子の目は美香の左手首に釘付けになった。隣の女性の肩に置かれた手につけられていたのは、ダイヤモンドがひとつ付いた見覚えのあるブレスレットだった。  涼子は、あの夜見た白い光は美香だったと確信した。愛する人に首を絞められた時の美香の気持ちを想像すると胸が詰まった。真っ暗な土の中に一人ぼっちで、どんなにか寂しかったろうと考えると涙がとめどなく溢れた。  翌日、涼子は勇気を振り絞って軽井沢署を訪れた。ブレスレットの拾得者だと告げると担当の警察官と話すことができた。  あのブレスレットはやはり美香のものだった。遺体発見直後から、拾得物のブレスレットの情報は捜査本部にあがっていて、涼子の心配は取り越し苦労に終わった。ただ、どういう経緯でブレスレットがあの場所にあったのかは、美香が亡くなっているため推測の域を出ないとのことだった。  とはいえ、ブレスレットは無事に美香の両親に返却された。大滝が逮捕されたことで、彼女もきっと天国で微笑んでいるだろうと涼子は安堵した。  日が経つにつれて、涼子は美香が自らブレスレットを小道に落としたのではないかと考えるようになった。  大滝は計画的犯行ではないと供述したらしい。しかし、愛しい人のいつもと違う雰囲気を感じ取った美香は、もしものことが起こったとき、手がかりになるようにとブレスレットをわざと落としたのではないか。誰かに見つけて欲しいと強く念じて……。そして偶然、いや、涼子がブレスレットを拾ったのは必然だった。美香と同じく報われない想いに身を焦がし、近い将来のたうち苦しむであろう涼子の姿が、美香には見えていたのかもしれない。  程なくして涼子は康平との不倫関係に終止符を打った。彼にとっては渡りに船だったのだろう。あっさりとした最後だった。 (美香さん、あなたが私に言いたかったことはこれだったのね――)  涼子は駅に向かってゆっくりと歩き始めた。ちらちらと舞う雪が、歩道に落ちては溶けていった。  駅前では、ライトアップされた真っ白なクリスマスツリーが行き交う人々の注目を集めていた。涼子はその穢れのない美しさに思わず歩みを止めると、赤く泣き腫らした目でツリーを見上げた。来年のクリスマスは、まだ見ぬ恋人と二人で、堂々と手を繋いでここに来ようと涼子は心に誓った。
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