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推理小説に登場する名探偵なんて、現実には都合よく現れない。
暖炉の炎に揺らめく三人の影は、壁際で爪先立ちになり、天井付近で背を丸め、不安定な心の闇をズブズブと滲ませている。
これは、あれだ。精神が高揚して、見える幻覚だ。強迫観念症というやつだ。まずいな。
あっ。
と、小さく悲鳴をあげた香ちゃんが、みるみるうちに震えだした。
一人殺害されたら、残ったもう一人は間を置かずに命を狙われる。峰岸さんの告白の意味に、気づいたようだ。
だって、そのときにはこの中の誰が犯人か、わかるから。
わかったら、その時はすでに手遅れだから。
あたしが最後に顔を合わすのは、どっちなんだろう。
峰岸さん、それとも、香ちゃんーー
「今から俺は部屋にこもる。二人とも俺の部屋に近づかないでくれ。俺も二人の部屋に近づかない。もし近づいてきたら命の保証は出来ないと思ってくれ」
「峰岸さん、三人でいた方が、安全、なんじゃないかな?」
香ちゃんの発言に、峰岸さんは声を荒げた。
「はぁ? 犯人が何を隠しているかわからないのに、あんたが犯人かもしれないのに、犯人と一緒にいて安全な訳があるはずないだろ」
吐き捨てるようにして、峰岸さんは自室に向かった。
香ちゃんも、あたしと二人きりになった途端、「麗子さん、ごめんね」と頭を下げて、体を引きづりながらこの場を去った。
あの子、この旅行で風邪をこじらせたらしいけど、実は詐病の女優だったりして。考えすぎかな。
あ、いけない。
あたしもこうしてはいられない。手遅れになる前に、この場を移動しなければーー
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