楽園に明日は来ない

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 ***  この世界に、恐ろしい悪魔が襲来したとされてからおおよそ二百年近く。多くの人が悪魔によって殺されていく中、神様の力を借りることができた“教主様”が町を守ってくれた結果、この町は結界を維持することができ、人々の命は救われたと聖書には書かれている。  町を囲む高い塀と、そこに掲げられた紋章はこの町が聖なる都であることの象徴だ。  他の町との繋がりは、地下深くに掘られた地下道のみ。人を乗せて高くまで運べるような飛行機の類の製造は、悪魔に見つかってしまう危険が高いということで禁止されている。この町だけでは足らない食料や水の類は、全て政府が地下道から、まだ悪魔に見つかっていない遠い地より取り寄せることによって賄っているという。私達はまさに、神様と政府によって生きながらえている存在だった。  こんなことを言うとさぞ恐ろしい独裁政治が敷かれているだろうと思われるかもしれないが、政府の政策そのものはこの二百年、実にゆるゆるとしたものである。精々、時々教主様が教えてくれる“神様の言葉”に忠実に生き、毎日のお祈りと規則を破らないで生きていれば何をしてもいいといった具合だ。  地下道が使えるのが政府の人だけであること、町の外に行けないことが少々不便であるがそれだけである。何も不便に思うことは今までなかった――たとえ、太陽が疲れて夕焼けしか見せなくなってしまった世界であるとしても。 「カリナ、見かけないと思ったらまた此処にいたの」  そんな町に住んでいる十三歳の少女である私は、今日も今日とて屋敷の書庫に入り浸っている真っ最中だった。  背教者の書物が多く存在しているという理由から、基本的に一定期間より前の古書の類を持つことは許されていない。ただ、先祖代々この町に住んでいる我が家には、曾祖父様よりもさらに前から残されているような古い書物がたくさんそのままになっていた。お祖父様達がどのように頑張ったのか、政府の検閲などをくぐり抜けてそのままになっているらしい。  どんな本屋より図書館より、家の書庫の方が私にとってはずっと楽しい場所だった。神様を称える本も、この世界の中途半端な歴史の本も、悪魔と戦う勇者の本も、正直飽き飽きしていたからである。家のこの書庫にだけは、御祖父さま達が蓄えた“神様を通していない”面白くて不思議な話がたくさんある。私は、それが興味深くてたまらなかったのだ。 「あ、お母さん!見てみて!」  本の山に埋もれながら、私は母にひらひらと手を振った。 「今日は、曾祖父さまが残してくれた科学の本を呼んでいたのよ!とっても面白いの!教主さまや政府は、この世界は平らな地平がどこまでも続いている世界だと仰っているけれど、本当は違うんですって。地球っていう、丸い惑星でできているらしいの!でもって、太陽が疲れるなんてこと、何百年どころか何千年もなかったんですって。凄く不思議だわ」 「カリナ……」  この書庫を見つけて読みあさるようになってから既に一年以上が過ぎているが、それでも膨大な書物を全て読み切るには至らない。毎日が新しい発見でいっぱいだ。興奮して喋る私を、母は呆れたように見た。
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