楽園に明日は来ない

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「楽しいのはわかるけれど、ほどほどにね。我が家に古書がたくさんあるなんてこと、政府にバレたら大変なことになるのよ?みんな捕まってしまうかもしれないわ。そもそも、御先祖さまの本は私もたくさん読んだけれど、殆どが今の常識とはかけ離れた幻想小説のようなものばかり。鵜呑みにしてはいけないわ」 「ええー、でも……」 「世界が丸いだなんて言ったら、みんなに頭がおかしいと思われるわよ。それに、太陽は神様が飼っている神聖な生き物なのだから、疲れる時があっても何もおかしくないでしょう?」 「うーん……」  私には、本に書かれていることが嘘だとは到底思えなかった。確かに科学にしろ歴史にしろ、この古書にある本の知識は眉唾なものが多いけれど。どれも理路整然としているし、そもそもただの幻想小説でしかないなら、政府が躍起になって処分したがるとは思えないからである。  これらは、政府が本当は隠したい知識というものなのではないだろうか。  何故、地球が丸いことや、太陽が生き物などではないことまで隠したがるのかさっぱりわからないけれど。 ――太陽は“恒星”という天体で、宇宙という空間のずーっとずーっと向こうで燃え盛っているから光り輝いているのよ。生き物として、神様に飼われているわけじゃないのに。……その方がずーっと筋が通るのに、どうしてお母さんは信じてくれないのかしら。  母は何も、国教の敬虔な信者というわけではない。それでも政府の言う言葉、神様が言う言葉をまるっと信じているのは、それがこの町の常識として浸透しているからに他ならないのだろう。  新しい常識が見つかっても面白いのに。何故それを強引に封印する必要があるのか疑問で仕方なかった。特に、“太陽が疲れてしまったせいで、この世界がずっと夕焼けになってしまった”という現象に心底興味があるから尚更である。 ――この書庫の中に、真実があるのかもしれないわ。  その時の私は、幼心から心底わくわくしていた。まだまだ読んでいない科学や歴史の本が、この書庫にはたくさん眠っている。いつ政府の人に見つかって、没収されてしまうかわからないのだ。それまでに一冊でも多く読んでおかなければ後悔すると思っていた。学校がない日、少しでも時間があればこの書庫に篭ることにしている最大の理由はそれである。  それは、不都合な真実はなかったことにしてしまえ、というような政府のやり方に僅かに不満を感じていたということなのかもしれなかった。  この町は、政府が地下から取り寄せて配布してくれる水と食料と日用品、政府の決めた多くのルールのおかげで成り立っているようなものと言っていい。しかし、その水や食料を送ってくれる遠い町がどんなところなのか私は全く知らないし、その食料をどんな人がどうやって生産しているのかも全くわからない。高い壁の向こうの景色がどのようなものなのかもわからないし、そもそも悪魔が闊歩していて危険だと言われても、町の人は誰も悪魔の姿なんて見たことがないのである。  本当に悪魔なんているのだろうか。神様なんて存在するのだろうか。  この世界が夕方に閉じ込められてしまった理由が、何か他に存在しているのではないか。 ――ぜーった見つけ出してやるんだもんね!そして、お父さんとお母さんに自慢してやるんだから!  私は、気づいていなかった。  それが恐ろしいパンドラの箱を開く行為に他ならないということに。
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