眼鏡女子は素直になれない。

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<i501708|2228> 「ちょっと待ちなさい!」  私は、母が家政婦として働いている家の、生意気な男の子が大嫌いだった。  4歳年下で、まだ小学2年生なんだからと我慢していたけど、悪戯が酷くて、最後にはいつも怒鳴りつけていた。それを見て、母がいつも私を叱るんだけど、その子の祖母で雇い主の百合子さんはいつも笑って許してくれた。  一緒にいると、悪態はつくし、スカートは捲ろうとするは、最悪だったので、その子の家に行くのが嫌だったんだけど、百合子さんがその子の遊び相手になってほしいというので、お母さんにも頼まれて、学校が終わるといつもその子の家に行っていた。  百合子さんは生粋の日本人なんだけど、旦那さんがアメリカ人で、生まれた子はハーフ。ハーフの父と日本人の母に生まれたその男の子はクォーターだ。  日本人の血が四分の三入っているはずなのに、彼は金髪の天使のような子だった。目は真っ黒だったけど。  可愛いのは顔だけで、口は悪いし、手癖も最悪。  どうもその子は私にだけそんなことをするようで、百合子さんはごめんなさいといつも謝っていた。  母の雇主でもあるし、百合子さんはすっごいいいおばあちゃんだったので、私は笑って許してきた。  でもあの日、あのハロウィンの日は違った。  8歳のときに眼鏡をかけ始めて、12歳の当時、私にとって眼鏡はすでに必需品だった。だから、突然眼鏡を奪い取られた時は頭にきて追っかけまわした。  ハロウィンなので、私たちは仮装していた。  その子と同じ衣装を着てほしいと頼まれて、私と彼は同じ仮装。ミイラの仮装をしていて、包帯で体中を巻いていた。  庭を走っていたら、急に腕を掴まれた。  黒い服をきてサングラスをかけた怖い人だ。 「人さらい!助けて!!」  大声で叫ぶと前を走っていたあの子が戻ってきた。 「いたっつ!」  そして私を掴んだ奴の足を蹴りつける。 「この!」 「おい。この子がルカ坊ちゃんだ!人違いだ」 「そうか!」  どうやら私は間違われたらしい。  今度はその子――ルカが黒服の男に捕まえられる。 「放しなさい!」  小さいあの子が捕まって、咄嗟に私も同じ行動をとっていた。 「このガキ!」  二度にわたって足を蹴られた男は物凄い怒っていて、ルカを捕まえたまま、逆の手で私を殴ろうとした。 「なゆこは関係ない!彼女に触れたら許さない!」  ルカがはっきりというと、男は拳を下した。 「……ごめんなさい。なゆこ。僕のせいだ」  彼が私に謝ったのはそれが初めてだった。  その日――彼はハロウィンを楽しむこともなく、屋敷に後にした。  百合子さんは物凄いがっかりしていたけど、納得していたみたいで、私はわけのわからないまま、母と家に戻った。  後日、母から聞かされた事情は、彼がアメリカの大企業の跡取り息子だったってこと。そして迎えにきたということだった。  ゴタゴタして忘れていたけど、私の眼鏡は彼とともにアメリカに行ってしまったようだ。もしかしたら、空港かどこかで捨てられたかもしれないけど。  どっちにしても、代わりの眼鏡を百合子さんが買ってくれた。お詫びにと結構高いフレームで、なんだかこっちが申し訳なくなったくらいだった。 ☆ 「なゆこ!起きなさい。今日は手伝ってくれる約束でしょう!」 「はあ?」  夏のあの暑さが嘘のように、9月になってから冷え込んで、10月末の今日は布団が必要なくらい冷え込んでいる。それを母は無情にもはぎ取った。 「今日はハロウィンだっけ?」 「そうよ。ほら。ご飯早くたべて。百合子さんが首を長くして待ってるはずよ」 「なんで、お母さん。もっと早く起こしてくれないのよ!」 「早く起こしたわよ。それなのに、あんたが起きないからでしょう」 「母さん、私ご飯いらない。早く行かないと」 「大丈夫。百合子さんなら怒らないわよ」 「知ってるけど、待たせるのはよくないでしょう」  母はまだ百合子さんのところで働いている。  住んでいるのは百合子さんだけなのだけど、あの屋敷は大きくて掃除してくれる人がいると助かるという理由で、雇ってもらっている。掃除と百合子さんの昼食と夕食、洗濯で、お給料は十万円。  百合子さんは物凄い優しいおばあさんなので、下手にスーパーで働いて色々心をすり減らすより絶対にいいと思う。メイドみたいだと揶揄する人もたまにいるけど、お母さんは楽しく仕事を続けている。 いつもは静かな百合子さんの屋敷なんだけど、ハロウィンの日だけは賑やかだ。  ルカのために始めたハロウィンは、彼がいなくなってからやめようとしたけど、別に彼が誘拐されたわけでもなく、現にアメリカで元気にやっているみたいなので、残念がる人もいるだろうからと、ハロウィンのお祭りは続けている。  最初は百合子さんだけのお屋敷だけだったけど、それに追随して他の家でも仮装した子にお菓子をあげたり、家をデコレーションする人も増えてきて、なんだかクリスマスみたいにイベントの一つとして定着してきた。  すでに屋敷の飾りつけは済んでいるけど、今日は百合子さんの家でお母さんと一緒に今夜配るお菓子を作るつもりだ。  彼女の作るお菓子はアレルギーの子も食べられるように、卵も牛乳も使わない特別なお菓子だ。ルカがあのお屋敷にきたのは、彼が5歳、私が9歳の時。その頃から初めて、今は私は18歳なのでもう9年くらいハロウィンのお手伝いをしている。  ルカがいなくなったのは、彼が8歳で、私が12歳の時のハロウィンだった。 「もう6年か……」  嫌な男の子だった。だけど最後はなんだか泣きそうで可哀そうになった。 「そういえば……」 「何?」 「何でもないわよ」  厚焼き玉子を頬張っていると、母が何か言いかけてにやりと笑った後、口を押えた。ちょっと気持ち悪かったけど、まあ、母が変なのは前からだから、聞き返さなかった。  もしあの時聞き返したら、その後に起きることにそんなに驚かなかったのにとちょっと後で後悔した。
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