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出社するなり、店内業務の課長に呼ばれた。
「大竹建築赤残出てるぞ!」
金額を確認すると、323万円のマイナスとなっていた。
赤残とは、支払った手形や小切手が、当座預金の残高から引き落とされ、残高以上の引き落としがあると、赤くマイナス表示されることから赤残と呼ばれている。
「今日中に用意できるのか?」副支店長が聞いてくるが、「分かりません・・・」坂本は呟くように言った。
朝一で大竹建築に駆けつけた。
「マイナスが323万です。」と、奥様に言うと
「今、社長も直接大手ゼネコンさんの窓口に行って、お願いしているところなの。」
「そうですか・・・なんとか発行してくれるといいんですが。」
坂本は祈るような気持ちで言い、
「また改めてお伺いします。」と、事務所出て上司に状況を報告した。
お昼前に50万円の入金があり、赤残が273万円になったと連絡があった。奥様に電話をしてみると、社長が各方面に連絡し、かき集めたお金だか、もはやこれが精一杯で、肝心の確約書はまだ発行されていないとのことだった。
そのまま何の進展もないまま、閉店時間の15時になった。これから支店では締めの作業を行い、赤残が解消されないと不渡りとなる。
「支店長お願いします!今日発行が間に合わなくても、発行されることは間違いありません。なんとか融資を実行してください!」
坂本は頭を下げ必死にお願いしたが、
「ダメなものはダメだ!請求書が届いてない、それを確認し忘れたというミスを、自分達でなんとかできないような会社は、いつかまた同じようなことになる。自分の尻くらい自分で拭けなくてどうする!」
と、応じてはくれなかった。
坂本は自分のせいでこうなってしまったという絶望感と、もしかしたら届いていないかという一縷の望みを持って、大竹建築に向かった。
事務所には社長と奥様がいた。
「確約書は?」と聞くと
奥様は首を横に振った。
坂本の携帯が鳴った。見ると支店と表示されている。タイムリミットの連絡だ・・・
「私の力不足で申し訳ありませんでした!」
坂本は融資できなかったことを詫びた。
奥様はまた首を横に振り、
「いいのよ・・・坂本君は最後まで良くやってくれたわ。私達がいけないんだから・・・」
「これから支払いができなかったお客様に連絡して、社長と私でお詫びに行ってきます。」
奥様は辛そうな顔で言った。
不渡りの通知は、すぐに各方面に知れ渡り、その大手ゼネコンとも取引できなくなるだろう。行き着く先は倒産だ。
「もうお帰りください。あなたも仕事があるんでしょう?」
奥様は気を使ってそう言うが、これからお詫びの連絡をするのを、聞かれたくないのだろう。
「分かりました。失礼します。」
坂本は頭を下げ事務所を出ようとした時だった。
「坂本君!」
今まで無言だった社長が急に呼び止めた。
坂本は振り返ると、
「君は間違いなく請求書をポストに投函したんだよね?」
社長がジッとこちらを見つめて言った。
坂本は練習していた通りに、わざと少し驚いたような顔を作り、
「はい・・・間違いなく投函しました。」
と、まるで何を言うんですか?というような口調で答えた。
【完】
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