第壱章段 宇治拾遺物語

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第壱章段 宇治拾遺物語

1 ――――春は曙が美しい。次第に白くなっていく東の山際の空が少しずつ明るみを帯びて、紫がかっている雲が細くたなびいている様子は名状しがたい程の美しさだった。  その美しい景色を京都駅ビルの南広場から、黒のリクルートスーツを着た女性、清原諾子(きよはらなぎこ)は眺めていた。頭の中でこのようなフレーズが思い浮かび、高校の古典の授業で習った「枕草子」を思い出す。 (清少納言も、こんな景色見ながら、枕草子を書いたのかなぁ……) などと物思いに耽りながら、南広場と南遊歩道を隔てる鉄柵に寄りかかり、頬杖を突く。  時刻は午前六時十五分。周囲には人はおらず、すぐ下に見える遊歩道にも歩いている人は居ない。流石に、駅や伊勢丹の方にはサラリーマンや観光客等がそれなりの人数は居ると思う。だが、この場所(スポット)は駅の人が多くなる昼時の時間帯であっても足を向ける人は少ない。ましてや、このような早朝の時間帯であれば、ほぼ貸し切り状態だ。知る人ぞ知る穴場。  何故、彼女は朝早くから、このような場所に居るのか。一言で済ませば、「緊張を解きほぐす為に、綺麗な景色を見て落ち着こうとしているから」である。では、何故、彼女は緊張しているのか。を頭の中で思い浮かべながら、諾子は「はぁ……」と深い溜息を吐いた。    
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