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――――異能草紙。
「藤原グループ」は元々、「平安商事」という健康器具などを開発している小さな会社だった。2025年程に出来たばかりの企業が65年という短い歳月で日本の経済を掌握する程の大企業にまで成長できたのは、この機械の恩恵に依る所が大きい。
詳しい仕組みは企業秘密とされているが、一言で言えば「才能や異能と言うべき人並外れた能力を所有者に与えてくれる機械」であり、「持ち運びできるもう一つの脳」とも言われている。それらには「古今東西に存在する様々な本の題名」と同じ名称が与えられており、2080年頃に発売された初期型の異能草紙「今昔物語集」を始めとして、現在は数百種類もの異能草紙が製造されている。
この製品を独占的に開発・販売したことにより、藤原グループは三井や三菱といった著名な大企業に並ぶほどの超巨大企業へと成長し、今や日本のトップと言っても過言ではない。
と、ここまでは諾子でもネットやニュース等で既に知っている。だが、この異能草紙には欠点もあり、その一つはとてつもなく高価であることだ。それ故に、人材育成用に国や企業が購入したり、お金持ちの家が子供の教育の為に購入する以外の目的で購入する客は殆ど居ない。例えば、一般の人が気軽にスマホを買うという感覚では購入できない代物である。だからこそ、一般人が日常生活を送る上でなかなか「異能」を目にする機会はなく、諾子も異能草紙を使用する場面を見るのは今が初めてだった。
「それ、則光の物なの?」
と聞くと、彼は頷いた。
「あぁ、異能草紙『宇治拾遺物語』巻数11-8。一時的にだが怪力の異能を使うことが出来る。だけど、俺が買った物じゃない。適性があるからって会社から支給された物なんだ」
異能草紙の二つめの欠点である適性。草紙が使用できる人間と出来ない人間が居るらしく、その違いの原因や改善策については調査中並びに検討中ということらしい。「異能草紙」は藤原グループが全国的に有名になった契機ではあるが、上述のような問題もまだまだ多い為、売上や利益に関しては他の様々な事業で稼いでいる。ここまでの情報であれば、ネットやニュースで簡単に調べられる。だが、裏を返せば藤原グループの異能草紙に関する情報は「これ以上は調べても出てこない」ということである。
「有名で優秀だが謎の多い企業」、これが世間一般の藤原グループに対しての認識だった。
それ故に
「へぇ、どういう仕組みなの?」
と諾子が聞いても
「すまんな。これ以上は何も言えないんだ」
としか則光は答えてくれなかった。
しばらく歩き続け、二人はエスカレーターに乗った。このエスカレーターを降りれば、ミス◯ードーナツの店舗があるカフェに着く。
「このカフェのエリアに面接官が居る。ここで面接が行われるからな。まぁ、気楽に頑張れ」
無責任なことを言う則光に諾子はキッと睨みつける。だが、ここで則光に文句を言っても仕方ないと思い直し、諾子はカフェのエリアを見渡した。
早朝ということで、まだ人は少ない。席に着いているのは4、5人だ。真ん中のテーブル席に座っているのはサラリーマン風のスーツ姿の男性2、3人。室町小路広場側のテーブル席に座っているお洒落な服を着た年配の女性が1人、そして、烏丸中央改札口側のカウンター席に座る純白のセーラー服を着た美しい銀髪の女子高生が1人居た。
普通ならば、真ん中の席のサラリーマン風の男性達が面接官だと思うだろう。だが、諾子は何故か、カウンター席の女子高生のことが気になった。女子高生のテーブルに置かれているのは口を付けていないハニー◯ュロとポン・デ・◯ングの抹茶風味(新製品)、そして女子高生に似つかわしくないブラックコーヒー。
もう一度、よく観察してみた。真ん中の男性達は呑気に趣味の釣りの話をしている。年配の女性はおそらく友達とだろうか、電話で楽しそうに談笑している。そして、両者にはどちらも
食べかけのチョコレート系のドーナツが置いてある。
「……成る程ね」
諾子はそう小さな声で呟き、銀髪の女子高生の元へ歩いて行った。
―――その時だった。
大きな破裂音が女子高生のテーブルの上から聞こえた。諾子が目で捉えたのは、二つのドーナツとそれらを置いていたプラスチック製のトレイが真っ二つに割れ、宙を舞う瞬間だった。
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