開かない扉

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「優しいお姉さんなんだね。私は弟にどう思われてるのかな〜? うざいとか? キモいって思われてたら泣くかも」 「そんなことないと思うけど」 「そう? 帰ったら聞いてみよっかな」 ──キモいなどと言った日には、俺が弟さんに獅子宮の魅力を話しまくってやろう。 「そう言えば、お姉さんは何歳なの?」 「二十三だよ」 「大学生?」 「いや、もう就職してる。アパレル関係の仕事してる」 「アパレルか〜、いいな〜」  アパレルに就職した自分でも想像しているのか、天井を見上げて、ふふ、と小さく笑った。  ──可愛いなぁ、もう!  生徒の合間を縫って盗み見るよりも、間近で見る獅子宮の笑顔に、棚道は翻弄される。 「獅子宮さんは進学するの? それとも就職?」 「進学するよ。栄養管理士目指してるから」 「料理得意なんだ」 「まあね。食べるのは遅いかもだけど、作る時はテキパキしてるよ」  獅子宮は体育座りしたまま腰に手を当て、頬をぷくうっと膨らませ、棚道を横目で見つめた。これが彼女なりのドヤ顔である。  そのドヤ顔で見つめられ、棚道は彼女の可愛らしさに目が離せなかった。   「も、もしかしてお弁当って、手作り……?」 「そうだよ。ちなみにお母さん父さんの分と弟の分も私が作ってるの」 「すごっ、朝から忙しそう……」  毎日、それも朝早くからお弁当を作っている獅子宮を想像する棚道。  ピンク色のお花が刺繍されたエプロンを着て、制服の袖をまくる獅子宮。目玉焼きを作る姿やアスパラガスをベーコンで巻く姿。想像するだけで、棚道は癒された。  そして思わず。 「食べたぁ……」と呟いてしまう。  その呟きを遮る音はなく、平然と獅子宮の方まで届く。  すると獅子宮は首を傾げて言う。   「作ってきたあげようか?」 「え、いや、いいよ……」 「別に私は平気だよ。家族の弁当作るついでだから」  それを聞いて、棚道は内心嬉しいながらも落ち込んだ。 『ついで』  そこに恋愛感情などありはしない。何とも残酷な言葉。獅子宮は意図して使っているわけではない。自然と使っているからこそ、棚道は歓喜しながら落ち込むのだ。  しかし、作ってもらえるのなら断る理由は一切ない。 「ホントにいいの?」 「いいよいいよ」 「じゃあ、お願いしようかな……」 「任せて、早速明日持ってくるね。だから何も食べちゃダメだよ」  ──食べるものか。楽しみだなぁ、どんな弁当なんだろう。  好きな人が作ったお弁当。明日が待ち遠しくてやれない。倉庫内に閉じ込められていることなど意にも介さない。  上の空の棚道に、獅子宮は言う。   「誰も来ないね」 「あ、確かに……先生が探しててもおかしくないよね」 「う〜ん、探してくれてるのかな?」 「絶対探してる」  そう棚道は確信に近い感情を抱いていた。それは、成績優秀、運動神経抜群、同級生はもちろんのこと、先生からも人気。そんな獅子宮が忽然と姿を眩ませれば、心配しないわけがない。    それに比べて棚道は、成績は中の下、運動神経はそこそこいいものの、彼と同じレベルは腐るほどいる。何か突出した特技や魅力があるわけでもなく、その分、誰も心配はしない。 「誰か来るさ。それか、鍵は閉まってなく、扉がずれてるだけだからなんとかなるかもしれない」  棚道は扉から少し距離を取った。それを獅子宮は首を傾げて見つめる。 「おりゃっ!」  掛け声とともに、棚道は開かずの扉を力一杯に蹴った。バコン! と大きな音が倉庫内に響き、獅子宮は咄嗟に耳を塞いだ。 「もう! 蹴るなら言ってよ~。驚いたじゃん」 「ご、ごめん。開くかなと思ったんだ。開かなかったけど……」 「びくともしてなかったね」 「弱かったかな? 思いっきりやったつもりなんだけど」  棚道の想像では、扉を蹴飛ばして脱出する。という感じだった。しかし、扉は微動すらしなかった。 「いやいや、けっこう響いてたよ。そのせいでびっくりしちゃったんだから」 「本当にごめん」 「いいよいいよ。それよりどうしよう……けっこうピンチかも」 「う~ん……」  何とかして開けられないかと思案する。そんな棚道に、獅子宮は言う。 「私、今日は早く帰らないと」 「そうなの?」 「うん。弟とゲームする約束してるから」 「それは急がないと」  獅子宮とその弟のために、棚道はもう一度扉を蹴った。甲高い音が響くも、何度も何度も蹴ってみる。いつかは倒れるかもしれないと。
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