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「ダメだ。全く開かん……」
「ちょっと乱暴すぎだよ。壊れちゃうよ」
「壊そうかなと……」
「そんなことしたら先生に怒られるよ?」
「平気平気。ボロい扉が悪いんだから。このまま閉じ込められてるよりいいでしょ。それに怒られるのは俺だから安心して」
怒られるくらい、棚道はなんてことない。遅刻したり、宿題を忘れたり、授業中寝たりとしょっちゅうやらかして怒られているから、今さら怒られるのが嫌だとかそんなことはない。
すると、獅子宮は少しむくれた。
「安心できないよ。怒られる時は一緒だよ」
「え、いや俺だけでいいよ。獅子宮さんは関係ないじゃん」
「関係あるよ」
そう言うと、体育座りしていた獅子宮はおもむろに立ち上がった。ててて、と扉の前まで歩く。
そして、獅子宮は何の躊躇いもなく扉を蹴った。
棚道ほど力はなく、音も微かだった。
「し、獅子宮さん⁉」
驚いてたじろぐ棚道を他所に、獅子宮はニッと笑う。
「これで私も同伴だね。一緒に怒られよう」
──何でそんなに嬉しそうなんだ……。
無邪気な笑顔を浮かべる獅子宮。棚道は目が離せないほど見惚れてしまう。ただ可愛い。可愛くてたまらない。胸の奥がぞわっと高鳴り、彼女の笑顔が脳裏から離れない。
「で、どうする? 私も蹴ってみたけど全然びくともしなかった。壊せないかも」
「何とか壊してみせる」
「ねえねえ、壊すのはあとにしない?」
「何で?」
「先生が来るかもだし、それに私、ちょっと眠たくて……」
小さく口を開け、欠伸する獅子宮。目には涙が浮かぶ。獅子宮は体操マットの上に横たわり、子犬のように縮こまった。
「ゲームはいいの? 約束してるんじゃ……」
「今から急いで帰っても間に合わないと思う」
横たわりながらも獅子宮は、棚道を上目で見つめた。
「そ、そっか……」
「棚道君は寝ないの?」
「俺は大丈夫……」
寝るとしてもコンクリートの床か、獅子宮が横たわる体操マットくらいしかない。とても気軽に寝られるわけがなかった。
「……お休みなさい」
「ああ、お休み……」
──何だこの状況は……ってか無防備すぎだろ……何かされるとか思わないのかよ……。
棚道の方を向きぐっすりと眠る獅子宮。よほど眠たかったのかもう夢の中。すぅー、すぅー、と小さな寝息を立て、天使のような可愛らしい寝顔で眠っている。
思わず、棚道の足は獅子宮へと歩んでいた。
静かに胡坐をかき、獅子宮の寝顔を間近で見つめる。
──やばい……変な気分になって来た……。
言うことを聞かない人差し指が、獅子宮の頬を軽く突いた。
弾力があり、滑らかな頬。
頬以外もどんな感触なのだろうか。そんな気持ちから棚道の視線は、体操服のズボンから伸びる美しく綺麗な脚に移った。
白くてほっそりしていて、触ってみたい感情にかられる。
「はぁ、はぁ……」
いけない感情にかられていることは、棚道はわかっていた。セクハラ、犯罪。そんなことは誰でもわかる。わかるのに、どうしても触ってみたかった。
今なら気づかれないとどこかで思い込み、棚道の手は獅子宮のふくらはぎへと伸びる。
──だめだ!
触れるか触れないかの寸前、棚道はグッと堪えた。
──いくら無防備だって、こんなことしたらだめだ。俺は最悪なことをしようとしてた……獅子宮さん、ごめんっ。
棚道はその場からサッと離れた。
開かずの扉の取っ手を掴み、思いっきり引っ張る。
獅子宮の寝込みを襲うような真似をしようとしていた自分が腹立たしく、その怒りをばねにひたすら引っ張る。
「うぐっ!」
──早くここから出ないと……獅子宮さんに酷いことをする前に……。
「うぐうっ! ぐっ!」
ガタッ、ガタッ!
レールから外れた滑車が少し動いた。扉もネズミが通れそうな隙間を開け、そこから夕陽が差し込む。
──行ける! あともう少しっ!
額に浮かぶ血管と真っ赤な顔。首筋には汗が滲む。血管が破裂しそうなほどに力を籠め、棚道は何度も何度も引っ張った。
小さな寝息が微かに聞え、それがまた棚道を鼓舞させる。
──行け! 開け! こんにゃろおおおおおおおお!
そう胸中で叫び、腕が引きちぎれるくらいに引っ張った瞬間、ガタンッ! と今までにない大きな音が鳴り、扉は軽くなった。
レールから外れていた滑車はいつの間にか戻っており、開閉は難なく行える。
「開いたぁ~」
「ん? どうしたの……あっ、開いてる! 凄い! どうしたの⁉」
「ははは、何とか開いたよ」
息を切らし、少し目眩を味わいながらも、棚道は余裕そうに微笑んだ。
「出よっか」
自然と差し出される手。獅子宮は大きく頷くと、その手をギュッと握った。
「ありがとう、棚道君」
「まあね……」
せっかく獅子宮の手を繋いでいるというのに、力み過ぎて感覚を失っていた。それでも彼女の無邪気さに、心の中で手の感触を再現するのだった。
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