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「ラグナロクの本来の意味は“神々の運命”であって、“神々の黄昏”は誤訳なんですよ」 「誤訳以前に俺は“ラグナロク”なんて言葉を初めて聞いたぞ」  輸送機の進行方向的には、俺が一番先頭に居るのだが、どうやら後ろの貨物室での会話からは随分と遅れていた。 「じゃあ、マリアはどうして処女で子供を産めたと思いますか?」 「いきなり何て話をするんだ?」  仲間達もテリーを笑った。  俺は答える。 「そんなこと知らない。神様の趣味だろう。仮に処女じゃない女にイエスを宿したとしよう。しかし他人から見れば誰でも前にやった男の子供だと思わざるを得ない。だから明確に“選ばれし者”と区別出来るように、神は処女を選ぶんだ。俺達だって、売春婦より処女や淑女を妻に選びたがるのは、神様の性癖が俺達にも遺伝しているからさ」  他の仲間は笑った。  テリーは反論する。 「違います。ヘブライ語で書かれた“若い娘”を処女と誤訳したんです。だから処女が子供を産めるなんて、訳の分からない伝説が信仰されるようになったんです」  仲間の一人がテリーを嗤う。 「お前、処女が子供を産むって変な話だと思っているのか?」  アンディーの声だ。 「当たり前でしょう」  テリーは大真面目だ。  自称・生物学専攻のアンディー。 「ミジンコでもアブラムシでも、無性生殖を行えるんだぜ。虫や魚には、メスだけで卵を産む種類だって珍しくないんだ。だったら、それがたまたまそういうメスが人間の中に発生しても決して不思議ではない。今まで地球上に誕生した人類の数は1000億人を超えるって言われているんだぜ? だったら無性生殖出来るメスの人間が1人くらい出現しても、突然変異の範囲内だから可能性はあるよ」  操縦しながらだと会話に集中出来なくて、俺は訊く。 「アンディー、難しいな。何が言いたいんだ?」 「マリアが処女で子供を産むのは、科学的に可能ってことさ」 「だとさ、テリー」 「不可能だね」  アンディーは嗤いながら返す。 「俺はダーウィンの進化論を学んでいるんだぜ? キリスト教徒が目の敵にしているダーウィンを。その俺がマリアの処女懐胎を生物学的に可能だって言っているんだから可能に決まってんだろ」 「テリー、お前の負けだ」  俺は判定を下した。 「何故です?」 「女は処女でも子供を産めることにしといた方が都合が良い。万が一、結婚したくない娘に子供孕ませても、それは俺の子供じゃない、神様が処女の君に宿した子供だってシラを切り通せるからな」  仲間達がどっと笑った。  テリーはきっと少しふんぞり返っているだろう。
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