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 俺は左の操縦席に座する。  輸送機の機種はC-47、スカイトレイン。  操縦席は進行方向を向いているが、操縦室後ろの貨物室は機体の左右の壁に面して席が設けられている。部屋の中央に爆薬や兵器などの荷物を置き易くするためだ。また、爆弾を落としたり、大きな荷物を運び込めたり出来るように、貨物室の真後ろには後部ハッチが設けられている。  俺の右の席には副操縦士のベンが搭乗する。  貨物室には数人の兵士が壁際の席に座り、中央に棺桶のような縦長の黒い箱を置いた。  管制塔からの指示を受けて、俺はエンジンを稼働させる。  輸送機が滑走路を走り出す。左右の羽根の付け根にぶら下がるジェットエンジンがプロペラを回し、重力に縛られた機体が速度と揚力を左右の翼に蓄えていく。やがて機体はふわりと浮き上がって、海上へ飛び出した。  しばらく順調に航行していたが、貨物室の誰かが妙な言葉を発した。 「この大戦は神話ですよ」  操縦に集中していた俺は、どういう文脈で誰がこの言葉を発したのか分からなかった。  俺達の会話は、ヘルメットに搭載されている無線機を介して行われる。静音性より積載量を増やせるように設計されているので、旅客機よりジェットエンジンの騒音が大きくて普通に喋っていたのでは聞こえないし、隊長の指示を聞いて何人もの兵員が命令を一斉に実行に移すにしても、やはり普通に喋っているのでは難しいからだ。  ただ、無線を介すると声にノイズが入る。 「神話だと? それはどういう意味だ」  俺は窓の向こう側に在る太平洋の空と海を見ながら訊いた。会話すると言うよりも電話する感覚に近い。  戦争中は任務中での私語は厳禁だったが、随分ぬるくなったもんだ。 「ラグナロクって知っていますか?」  貨物室のテリーが訊き返してきた。声だけで相手がテリーだと分かった。 「戦闘機の部品の名前か?」  無線を介さずとも、大きな笑い声が操縦席と貨物室の壁を突き抜けて、俺の耳に聞こえてきた。  テリーは俺に教える。 「北欧神話ですよ」 「北欧神話? 何を言っているんだ? 此処は日本の海だぞ?」
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