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「来るなら来ると言ってくれりゃいいのに」
独り言のように呟くスロ。
「どういうことで…す……?って、停まらないんですか!」
ますます混乱するさみちゃんを余所に、彼がブレーキを掛ける素振りはない。
それどころか、マスコンを回してさらに加速させる構えである。
制限速度一杯で北方信号所を通過し、ロックカットトンネルに突入する列車。
トンネル内に反響するのはディーゼルエンジンの轟音と、そしてそれとは波長が少し異なる、ブーンというプロペラが回るような音。
しばらくして、何者かが運転台右側の窓をノックする音が。
「何ですか?!ノースランドトンネルはさっき過ぎましたよ!?」
青ざめて素っ頓狂な声を出すさみちゃん。
トンネルの中、それも100キロちかい速度で爆走している列車の窓をノックする人がいるなど、常識的に考えて有り得ない話で、幽霊や妖怪の類と思って驚くのは無理もない話だ。
おまけに、新幹線を追い抜くおばあさんを見たという『300キロババア』なる怪談も実際にあるので、さみちゃんの反応はある意味妥当である。
しかし、九十九神様と幽霊と妖怪と、似たような存在のような気もするのだが……?
そんなさみちゃんの反応に苦笑いしつつ、スロは窓をノックした主に声をかける。
エンジンの轟音と風切音で普通の会話は成立するハズがないので、もちろん念話である。
「ニニ、来てくれるならそう言ってくれればよかったのに」
窓の外を飛ぶのは、ニニ=ペリドットその人であった。
その足にはフライトブーツが装備されている。
先程の灯火はホバリングをしながら足をぶらぶらさせて、フライトブーツの航空灯(右舷翼端灯)をカンテラ代わりにしていたのだった。
「急いで準備してたから余裕がなくて」
背中に背負った背嚢を指差しながら、テへっと謝るニニ。
「てっきり熟睡中かと」
「まぁ熟睡はしてたけど……サシが顔に乗ってくれなかったら起きれたかどうかわからないわ」
無事にニニと合流できたことで少し気が弛んだのか、軽口を叩く余裕すら見せるスロ。
他方、ニニもスロの緊張をほぐそうとしてか冗談めかして笑う。
いかにスロとニニが人並外れた技量を持つ人物と言えど、過ぎたる緊張は失敗の元となる。
その事をよく知り、そしてお互いに信頼があるからこそ成り立つ緊張のほぐし合いであった。
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