Ⅲ 花鳥風月のあずまや

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 ふっ、と目の前に陰が走る。シィバによく似た黒髪青目の、けれどその青い瞳は彼が持つ空のように澄み切った碧よりも深い、湖底に沈む蒼い瞳がアリーチェをのぞき込む。 「おや、風の家(ウィンディ)のアリーチェちゃんじゃないか。ずいぶん女の子っぽくなったなぁ」 「ご無沙汰しております、フィリップ様」  フィリップ・ヴェロニカバード。シィバの年齢の離れた兄で、引退した彼の父に代わり現在のヴェロニカバード家を任された当主でもある。シィバよりも明るい金茶色の髪は父親譲りだ。背が高く、顔立ちもきりっとしているため村の女性受けは良い。  王都の大学を出た後、家業を継いだ二十七歳独身。お嫁さんをもらっていてもいい年頃だが、国の辺境にあるフィルベスタンへわざわざ嫁に来る物好きな令嬢もいないらしく、彼の両親が王都で必死になって相手を探しているという話もきく。本人は仕事が楽しいからお嫁さんなんかいらないよと言っているらしいが、本音かどうか、それはアリーチェにはわからない。 「シィバに会いにきたの?」 「はい」  こくりと頷くアリーチェに、フィリップは悪戯っぽく笑みを浮かべ、首を振る。
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