一.

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一.

「おかしいなぁ、どこに落としたのかなぁ」 郊外の山中を、長い黒髪をかき上げながら女が地面を見回し歩いていた。 「っていうかただの散歩でなんで三時間もかけてこんな山の中に来るんですか」 「考え事は静かな方がいいじゃないか。で、より静かな方へと歩を進めていたらいつの間にかな」 女の後について一緒に落としものを探す、少し年下の男に答えながら、女は笑って立ち止まり、一休み、と、()った首を回して木漏れ日を見上げた、その時。 生い茂る木々の枝葉を突き破って、何か、両手にちょうど抱えられそうなサイズで薄桃色っぽい、いかにも癒やされて下さいと言わんばかりの、もふもふとした少し長めで柔らかげな毛に覆われ、切なく垂れた眉毛なんかも生やしている感じでこちらを見詰めてくる、老若男女問わず思わず抱き上げて、きゅんっとした気持ちで頬ずりなんかをしたくなりそうな生命体が、 と、女が瞬時に確認できた外見的特徴はそこまでで、 「?何ですか?上に何か……ごぶっ!?」 女につられて空を見上げた男の顔面にその生命体が直撃し、男は地面に仰向けに倒れ、生命体は彼の顔から周囲の草むらへと跳ね入った。 「起きろ、(とおる)君。新種発見かも知れんぞ。急げ」 「痛った……っていうか遊佐木(ゆさぎ)先生には『大丈夫か』という語句がインストールされてないんですか」 「大丈夫か。よし、じゃあ早く探せ」 顔を押さえしかめ(つら)で半身をおこした徹には目もくれず、遊佐木は新種と(おぼ)しき生命体の隠れた方へと、足音を立てぬように、しかしながら最大限に早足で向かう。 「何ですか?そんなに珍しい動物だったんですか?」 言いながらゆっくりと立ち上がる徹は、先ほど顔面に一瞬感じた、いかにも癒やされて下さいと言わんばかりの何らかの動物の感触を思い出して、痛がりながらも表情を緩ませている。 「あぁ。恐らくな……っと、いたぞ。とりあえずいったん捕獲してくれるか。私は野生動物に触れると死に至る特殊な病なのでな」 走り去ることも無く隠れるでも無く、ただぶるぶると震えながらこちらを見上げているだけの生命体をあっさりと発見した遊佐木が徹を呼ぶ。 「変わった病気ですね。アレルギーとかですか?」 「いや、嘘だ。単にノミとか細菌とか寄生虫とかを懸念して近付きたくないだけだ」 「そんな高レベルの危険物を当たり前に僕に押し付けてるんですか?まぁ僕は田舎育ちで動物には慣れてるんで別に気にしませんけど。……うわぁー、超かわいいー、何これ超かわいいー」 遊佐木に示された謎の生命体の前にそっとしゃがみ込んだ徹が、下方から腕を伸ばすと、動物はただ震えているだけで逃げることも無く簡単に捕まり、抱き上げられた。
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