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拘束
鎧の男は確かに尋ねた、ゴブリンか?と。
「えっ」
あまりに唐突な質問に一瞬、ユウトはあっけにとたれた。自身を人間であることに疑いを持ったことがない。しかしすぐにそれが冗談や悪ふざけでないことは眼前で微動だにしない剣先が物語っている。
ユウトはゆっくりと自身の身体を観察した。違和感がある。これまで慣れ親しんだ体とは違う腕と脚があった。まず肌が灰色をしている。始めは薄暗く黄味がかった照明のせいかと考えたが違った。青といっても差支えないほど血色がない。そして筋肉質だが痩せ、節が目立つ関節。到底これまで認識していた自身の身体とかけ離れていた。
思いもよらなかった状況。ユウトは頭脳をフル回転させていた。先ほどまでの死闘の興奮が反転し、血の気の引く異様な興奮がより思考を加速させていく。
(どうする?まず優先するのは自分の命。言葉は通じる。ゴブリンかどうかを尋ねてきたことが理解できた。そして相手も悩んでいる。自分がゴブリンかどうかを。ゴブリンと判断していたならすぐに首をはねていたはず。なら交渉できる可能性は・・・まだある)
そしてユウトは呼吸を整え、相手をじっと見据え声を発した。
「オレは、ゴブリンじゃ、ない。名前はユウトだ」
ゆっくり、焦らず、敵意がないことを伝えるため必要以上の冷静さをもって語り掛けた。
鎧の男は動かず、返答がない。武器を向けられた緊張感は変わりがなかったが殺意が揺れ出していることをユウトは感じ取っていた。
ユウトは慎重に、さらに語りかける。
「オレはもともと人間だった。こんな体じゃなかった。気が付くと水晶の中にいて、なんでこんな体になっているのかオレにはわからない。殺さないでくれ」
精一杯の弁明。鎧の男はしばらく黙った後、答えた。
「お前がゴブリンでないというならこちらの指示に従ってもらう。少しでも従わないならその場で殺す。まずは後ろを向き両手を背中へまわせ。座ったままだ」
「わかった」
ユウトはおとなしく言われたとおりに後ろを向き手を背中へ回した。
まったく安心はできなかった。抵抗させずに殺すために後ろを向かせたのかもしれないと悪い方向への想像はやまない。だがユウトにとってはこれが命をつなぐ細い糸だった。
言われたとおりの態勢をとり次の指示を待つがなかなか次の指示はない。こうして命を握られている感覚はとても心地の悪いものだったが必死にこらえた。鎧の男が何をしているかはわからないが最初に比べれば殺気が徐々に薄れてきていると感じる。ユウトは相手が見えないぶん肌感覚を集中させていた。
「ガラルド!ガラルドいるのかー!」
後ろの遠くから声が聞こえてくる。それと同時に足音が複数、金属のこすれる音、誰かを呼ぶ複数の声が近づいてくる。
「ここだ!来てくれ!」
真後ろの鎧の人が答えた。複数の足音がこちらへ向かって歩んでくる。そしてガラルドと呼ばれた鎧の男のもとに人が何人か集まったようだ。
「これは何だ?ゴブリンではないのか?」
先ほど名前を呼んでいた男の声だった。殺気の数が増えたのを感じる。
「ゴブリンかどうか判別ができない。これが言うにはもとは人だったらしいが。確かなのは俺はこれに助けられたということだ」
「そうか・・・しかし、どうするつもりだ?ここで殺してしまうのが最も安全だが」
「ふむ・・・」
今この瞬間に自分の命の扱いについて審議されていると思うとユウトはいてもたってもいられなかった。このまま黙ったまま殺されるくらいならと思い切ってその審議に割り込む。
「発言してもいいか?」
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