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疫病
ユウトの質問にディゼルは目を伏せ思案する。そしてゆっくり目を上げてユウトをしっかりと見た。
「正直、君がゴブリンのことについて知らなかったということに驚いている。おそらくこれまでずいぶん理不尽な扱いを受けたと思ったんじゃないかな。しかもあのギルドでの君の信頼を見るに相当な努力を積んできたことがわかるよ」
ディゼルの表情は哀れみとも感心ともとれる複雑な表情を浮かべている。ユウトはそこから自身の予想が的を得ているという嫌な感覚で口が乾いていく気がした。
「僕の知る限りを教えよう。ただこのことは口外しないでくれ」
「わかった。約束する」
緊張感を持ってユウトは返事を返した。
「端的に言ってしまえば、ゴブリンとは疫病だ。
ゴブリンは知能は低くいが狡猾で残忍な魔物の一種。群れをなし人族を襲い略奪し増殖する性質を持つ。だが一体一体は非力であり数体程度なら人ひとりで対処できる。少し厄介なネズミ。ゴブリンが現れてしばらく人族はそういった認識だったらしい。だからゴブリンよりも都市に直接的な被害を与えうる一体で強力な魔物の対処が先決と中央は判断し・・・ゴブリンを侮った」
ディゼルは過去の過ちを懺悔するかのように苦い顔して語り続ける。
「ゴブリンの最も特異な点はその増殖方法だ。ゴブリンにメスはいない。だから人族の女性を利用していた。ヒトもエルフもドワーフも関係ない。ゴブリンによって生まれる子はすべてゴブリンだ。短期間にその数を増やせる。
まず狙われるのは中央から遠い地方の小さい村々だ。随分な数の村が襲われたと聞く。それでも軍は派遣されない。ゴブリンの被害を受ける数と都市の人口、派遣の手間を天秤にかけた結果だった。当時隆盛を誇った冒険者ギルドでは見習いが受ける初級の依頼として補助金を出して対処にあたらせていたそうだが逆効果だったらしい。冒険初心者は失敗しやすく失敗した女性の冒険者はゴブリンへ苗床を提供する結果になっていたそうだ。
焼かれる村、荒らされる畑。そしてゴブリンに苗床にされ弄ばれ凄惨に殺され晒される母、姉、妹、娘、友達。生きるすべも奪われ人としての尊厳も踏みにじられて訴えるも助けてくれない中央への不満、不安、失望。その怒りの矛先は自然と内側に向けられる。守られる中央と虐げらる地方。両者のゴブリンに対する認識のズレは修正されることはなく内戦一歩手前までいって初めて中央はその失策に気づき、そのツケを当時の王の首で払った。
これが二十年ほど前の話だ」
そこまで語るとディゼルは天井を仰いでのけぞり椅子の背もたれに寄りかかって一息つく。
ユウトはここまでのディゼルの話に疑いを持たない。野営地の最初の頃の空気、城壁でのレナの剣幕。どれも納得いく内容だった。
そして自身へギルドメンバーがどれほど気を使い信頼してくれていたのかを改めて実感している。気さくに話しかけ接してくれていた野営地の人々の胸の内をユウトは想像することができなかった。
「それで・・・その後どうなったんだ?」
現在こうして街道が整備され人や物の動きが活発になるまでどんな道のりを超えてきたのかユウトは気になる。
「うん。そこからはあっという間だったらしい。
ゴブリンに対する知識に乏しかった新たな王や中央はガラルドさんに助力を求めたんだ」
「ガラルドに?」
突然のガラルドの登場はユウトにとって意外だった。そういった政治にかかわるような人物像には思えない。
「ゴブリンに対して強烈な敵対意識、信念と地方でのゴブリン退治の多くの実績は被害にあってきた民衆の人気を一心にガラルドさんは集めていたらしいから中央はガラルドさんに権限を与えることで民衆に不満解消をさせる意図もあったんだと思う。
大きな権限を与えられたガラルドはいろんな政策を実行させた。
一番効果があったのは人を都市へ早急に集めて襲われる可能性を下げたことだと思う。特に女性の行動制限。徹底してゴブリンが数を増やせないようにした。そうしてあとはガラルドさんを中心に鍛え上げられた人員で新たに構成された小鬼殲滅ギルドが地道にゴブリンを殺していった。
単一種族でその数を増やせないゴブリンの最大の特徴が弱点だとガラルドさんは気づいていたんだと思う。その結果生まれたのが魔術枷、チョーカーだよ。女性は都市の外に出る時には必ずこれをつけなければならない。もし外でゴブリンに誘拐されるようなことがあればゴブリンが増える前に死んでもらうためだ。当然この政策にはかなりの反発もあったけどゴブリンの被害への痛切な記憶とガラルドさんの説得で押し通すことができたらしい」
レナのチョーカーをあの洞窟で外す判断を下したガラルドはかなりのハイリスクを承知で最大の譲歩だったのではないかとユウトはふと思った。
「他にも魔術具の研究開発も行っている。中央からはじき出された魔術師たちの集まりだった大工房が今の一大魔術産業都市になれたのもガラルドさんの発想から様々な魔術具を生み出したからだろう。魔術枷はもちろん魔術柵、魔術灯はもちろん魔剣に類する魔術武具もガラルドさんの功績だと思う」
そう語るディゼルは終盤にかけて何か楽しそうにユウトには見える。尊敬の念のようなものが垣間見えた気がした。
「それからしばらくはもうゴブリンによる被害は確認されていない。
僕もそうだけど人づての話や絵でしかゴブリンを見たことない世代も多くなってきているくらいだよ。
こんなところだろうか、僕の知っているゴブリンについての話は」
「ありがとう、ディゼル。自身の立場にが今どういった状態なのかとても参考になったよ」
ユウトはディゼルに礼を伝える。そして自身の身の振り方についてもう一度よく考えなければならないかもと認識を改めていた。
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