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日出
ユウトはセブルに丸薬を与える。セブルはほどなく黒い大虎へ形を変えた。ユウトとディゼルはセブルにまたがり発進の合図を待つ。
夜明けは近い。四方を城壁に囲まれた砦の中であっても空の色は明度を増して暗闇から濃紺へと変わり出していた。
城壁の屋上で河と大石橋を見渡せる場所からクロノワは河の上流の方角にある地平線を見つめる。
風が少し出てきたのか屋上に設置された旗が小さくたなびきだしていた。
セブルは体を山なりに膨らませ、折りたたまれる四肢、後ろ足と石畳の接地面は小さく音をたてうっすらと盛り上がる。
朝焼けのまだ見えない日の光に照らされた雲が赤黄色く輝きだす。
クロノワは片手を空に向かって真っすぐと伸ばした。その手の先へ砦の視線は集中する。
そして朝日の頂点が、かすむ地平をこじ開けた。
あたり一面が温かい光で覆われるとクロノワの腕が振り下ろされて、地平と平行線でぴたりと留まった。
ユウトの位置からもクロノワの手は見えた。静かに素早く振り下ろされた手と同時に溜まり続けた砦の緊張がせきが切られたように流動する。目に見えない意識の流れにユウトはさらされながら目の前の門が開け放たれるのを待った。
クロノワの手の動きを見た兵士の一人は対岸の砦に向けて発信用の魔術灯を点滅させる。するとほどなく対岸砦の橋への門が開かれて樽がいくつも飛び出してきた。
樽は人が走るほどの速度で橋に沿って飛んでいく。本来なら地面へ落ちるはずの速度の樽は高度を一定に保って進み続けた。
魔鳥は飛翔する樽に反応する。もたげた首が樽へ向き先端の頭部が展開した。
そして赤色した光の帯が先頭の樽めがけて放たれる。直撃した樽はその場で砕け破壊され、そして同時に破裂音を響かせたて崩れ落ちた。
樽はまだまだ魔鳥へ迫り続けている。魔鳥は一つ一つ正確に効率よく樽を撃墜させ続けた。
その様子を確認したクロノワは近場で待機していた兵士の一人に指示を出す。
「門を開放。ディゼル達が出たのち、閉門しろ」
兵士は復唱して城壁の内側に向けて一字一句違わず叫んだ。
その指令に呼応して大人数の兵士たちが一斉に門を押して開門を始める。
ユウト達の見つめる先の二枚扉の門が縦に筋が入り広がっていく。真正面に真っすぐな橋が続きその先には魔鳥の側面が見えた。
「なぅの!(行きます!)」
セブルが合図しユウトとディゼルは身構える。セブルは跳んだ。
門はまだ通り抜けられるほど開いていない。それでもセブルは全身で地を蹴り加速し続ける。
そしてセブルが門へ到達するころ解放される幅がギリギリ揃いユウト達は城壁を飛び出した。
城壁屋上から見下ろすクロノワの目にはユウト達は黒いつむじ風のように見える。一瞬でユウト達の姿は橋の彼方へと過ぎ去っていった。その姿をクロノワは黙ってじっと見つめる。そしてすぐに残った兵士たちに新たな指示を出し始めた。
セブルは駆ける。一直線に魔鳥を目指して渾身の力で石畳を蹴った。
門から魔鳥への道のり半分越えたころ、樽を破壊し続けていた魔鳥の動きがピタッととまり即座に迫るユウト達へと首が振り向く。間髪入れずに光が放たれた。
狙いは正確。だが光の帯の太さは樽を破壊するときと同じものだった。
ディゼルの魔術盾は金属板の隙間から黄色の光を放ちセブル前方に半円状の波紋を作り出す。光帯は波紋に触れると上方に進行方向をずらされながら拡散していった。
魔鳥は動揺するようなそぶりも見せず数発に分けて連続で光帯を放つ。それも難なくディゼルは防いだ。
セブルは三分の二まで距離を詰める。
魔鳥は立ち上がりゆっくりと迫る樽を無視してユウト達へその体を正面に据える。長い首を水平に伸ばして低く構えると光帯の発射口をこれまで以上に広げ全身の折り重なる黄銅色の金属板の隙間から赤く輝く光が漏れ出した。その光は尾の先、翼の先から胴へと輝きを増しながら消えていき首で一時止まると輝きを増し続ける。
その魔鳥のこれまでに見せたことのない異様な行動にユウト達は危機感を感じ身構える。
そして魔鳥は高めた内圧を一気に吐き出すようにこれまでで最大の光帯を吐いた。
橋もろとも破壊しかねないほどの光帯。それをディゼルは受け止めようと展開する波紋の盾は橋幅目一杯に半円を広げて待ち受けた。
光帯は波紋の盾に触れるとこれまでで最も盛大に弾けて光の扇を作り出す。魔術盾は逃がしきれなかった圧力をディゼルに伝えさらにセブルへと伝わった。セブルもさすがに速度が落ちる。それでも懸命に魔鳥へ向かう足を止めない。
「がんばれ!ディゼル、セブル!」
光の濁流の中、この場でどうすることもできないユウトは粘る二人に声をかける。時間感覚は引き延び何もできない時間がただひたすらゆっくりと流れていくのを歯をくいしばって耐えることしかできなかった。
城壁の上からでは拡散した光でユウト達の様子を見ることができない。クロノワやガラルド、ヨーレン、レナに多くの兵士たちが固唾をのんで進み続ける扇の頂点を目線で追い続けた。
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